どんな家で、どのように暮らしてきた? 住経験を語ることの魅力と意味

京大では主に柳沢研究室で取り組まれている、「住経験・住居観にまつわる研究」について紹介します。柳沢先生もtraverseで住経験研究に関するエッセイを書かれているので、ここでは課題紹介もかねてできるだけ噛み砕いてお話しできればと思います。

住経験とは?

住経験とは、自分が今までに住んできた家とそこでの暮らしのことです。どんな家だったか、なぜそこに住んでいたのか、誰と住んでいたか、食事はどの部屋でしていたか、食べる時はこの椅子と決まっていた、同じ場所で宿題もしていた、寝る前は父がレコードをかけていた……。どんなに些細なことでも、家や暮らしにまつわることならすべて住経験です。「あの頃は仕事が忙しくて家のことなんてほとんど覚えていない」これも住経験。

こうした経験を実際の空間と照らし合わせて記述するには、当時の生活を文字だけでなく図面としても表現することが必要になります。製図ができる人や住居計画に詳しい人であれば、過去に住んでいた間取りを再現することにそれほど苦労しませんが、そうでない場合、記憶をたどりながら空間の様子を正確に描くのはなかなか難しいものです。

そうしたなかで幅広い住経験をあつめるべく考えられたのが、建築家や建築学生が身近な人物に話を聞き、語りや平面図を記述する形式の「住経験インタビュー」です。聞き手と語り手が親しいことで、プライベートな内容を話しやすくなるといったメリットもあります。

京大であつめられた住経験

現在京大では、学生が聞き手となり両親や祖父母を対象に行う「住経験インタビュー」が大学院の授業で実施されています。また学部では、学生が自身の住経験について振り返るレポートが出題されています。

今回は、大学院の「居住空間計画学」という授業であつめられたインタビューからいくつかの住経験を紹介します。

 

●一般的な団地での暮らし

レポート執筆者:野田倫生 対象者:祖母 図は入居当時(1973年ごろ)の様子。

執筆者の祖母が暮らしていた団地の様子。団地は広く知られた住宅ですが、ふすまを開け放しにしていたことや、朝晩で食事場所を変えていたこと、家具を頻繁に移動させていたこと、畳にカーペットを敷き詰めてベッドを置き洋室のように使っていたことなど、住み手の語りによってより詳細な生活の様子が見えてきます。

2000年ごろ。居住者は対象者と夫の2人に。

約40年にわたる生活の中で、個室はその役割を何度か変えています。一方、ふすまを外したリビングと六畳間の空間は団らんの場であり続けました。対象者は人を家に招くのが好きで、子どもたちが出ていった後にもかかわらず8人掛けの食卓を購入したそう。

 

店舗・仕事場を兼ねた住居

レポート執筆者:野田倫生 対象者:祖母

醤油店とたばこ店を兼ねた住居。西側の醤油樽を置いた蔵が目を引きます。夫の実家であり、対象者は応接間で事務作業を手伝っていました。職人たちの日常的な出入りがあることや、仕事の間に入れ替わり食事をとる様子など、当時の職住一体の暮らしを覗き見ることができます。玄関からすぐの棚には醤油びんを並べてディスプレイのようにしていました。

広くて立派な家に見えますが、対象者は気に入っていた部分が特になかったと話しています。プライベートな空間が少ないことや、当時の忙しさなどが影響しているのかもしれません。

 

予期せぬ経緯でうまれた過酷な住環境

レポート執筆者:奥山幸歩 対象者:祖父
福井地震後の仮設住居の様子。

対象者の父が僧侶で、仏間と道場がある家。戦時中は被災者に道場スペースを貸すなどしていましたが、1948年の福井地震で大部分が倒壊。倒れなかった柿と杉、他2本の棒材を用いて蚊帳を吊り、仮住まいとしました。藁で編んだむしろの上に布団を敷き就寝。夏で暖かかったため、転居するまでの約1か月をなんとか過ごすことができたそう。

地域の避難所のような役割も担っていた家が倒れてしまい、そこにあるものだけで簡易的な仮設住居を作るしかなかったという、当時の深刻な状況がわかる貴重なエピソードです。

住経験と住居観

今回は3例のみの紹介となりましたが、このほかにも住居や生活の事例は数多くあつめられています。なかには20軒を超える住居を経験した対象者も。

たくさんの住経験があつまると、珍しい経緯で生まれた居住環境や、店舗や仕事場といった機能を備えた住居、その地域や国特有の生活など、多様な暮らしを見ることができます。また一般的な住宅であっても、変わった住まい方が見られたり、気に入っていた空間、不満だったことなど、実際に生活していた人たちならではの声が聞けるといった面白みがあります。

身近な人の人生について聞き出せるのも楽しみの一つです。知らない話がたくさん出てきます。私は祖母の記憶力にも驚かされました。

 

住経験を振り返ると、その人が住まいにおいて重要だと考えていること、他人からすると珍しいが当たり前に行っている習慣など、それぞれの価値観が垣間見えます。

住居は衣服や食事などに比べると選択の場面も少ないため、自覚していない評価基準もあることでしょう。そのような自身の「住居観」が把握できれば、よりよい住まい選びが可能になるかもしれません。

みなさんも、まずは自分の住んできた家について振り返ってみてはいかがでしょうか。

 

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