京都大学建築学科の意匠研究室と建築論研究の原点、 増田研究室の本格的研究とアーカイブ化がようやくはじまった。

ようやくその資料が整理されつつある京都大学の増田友也研究室は、多数の建築物を設計しただけでなく、建築論の研究者を多く輩出している。その系譜を継ぐ田路研究室では、有用性を超えた基底学である建築論の研究が行われている。

増田研究室が残した資料のアーカイブ化

蹴上浄水場の見学にて写真を撮る田路先生

私は、かつて京都大学の建築学科に存在していた増田研究室について研究している。これは建築家、増田友也(ますだ・ともや、1914-1981)が1950年から1978年まで主宰していたもので、そこで多数の建築が設計されたのである。現在でも使用されている作品としては、京都大学吉田キャンパスにある総合体育館(1972)と中央食堂の入っている総合研究8号館(1972)、鳴門市庁舎(1963)や鳴門市文化会館(1982)、昨年研究室で見学に行った京都の蹴上浄水場(1962)などがある。

増田研究室の図面資料。積まれている箱は全て別の作品の図面である

その増田研究室で設計された建築作品の図面・写真などの資料の整理・リスト化を行なったことが私の研究のはじまりであった。図面だけでも200作品ほどある膨大な資料群で、その一部は来年度中に公開される予定である。

建築論研究:有用性を超える学問

増田友也研究室の出身である加藤邦男の教え子である田路先生は建築論を専門としているため、田路研究室ではイタリアのピエール・ルイジ・ネルヴィ、台湾の王大閎、かつてはアルヴァ・アアルトなど、特定の建築家の思想の研究が多数行われてきた。

建築論というのはなかなか定義が難しいが、ここでは増田研究室の出身である前川道郎の言葉を借りたいと思う。「建築史や建築論という学問は、人間のための空間を構成する建築術、学術と技術と芸術が一体に融け合った建築術全般の基底をなす基本的な学問であります。[……]建築論という学問はいぜんとして実用とは直接につながらない〈基底学〉に留まっております。私はそのことを大いに誇りにしています」。前川はこうも言っている。「ル・コルビュジエは『建築は有用性の彼方にある』と申しましたが、まさしく『建築論は有用性の彼方にある。有用性を超えている』のであります。」(どちらも「パウル・ティリッヒと建築論」、1995年2月、九州大学の退官講義。)

つまり、建築論とは役に立つかどうかに関係なく建築にとって必要な学問だということである。

具体的な建築論の例を挙げれば、増田友也の博士論文「建築的空間の原始的構造 Aruntaの儀場とTodasの建築との建築学的研究」(1955)はオーストラリア原住民の儀式で用いられる聖石が「建築的空間の原始的構造」のひとつをつくっていることを指摘しているものだし、神学者パウル・ティリッヒは、プロテスタント教会にとって一番重要なのは「聖なる空虚」であり、それは「空虚な空間が、いかなる形式においても表現できないものの現臨で満たされているとわれわれがそこで感じているような空虚である」といっている(前川道郎訳)。ルイス・カーンのように自身の建築について独自の抽象的概念で語っている建築家もいる。その論集(『ルイス・カーン建築論集』)の訳者、前田忠直も増田研究室の出身である。

私自身は建築論というより建築の評論・批評(とくに長谷川堯の著作)への関心から、建築論に触れるようになった。建築批評も広くいえば建築論に含まれるだろうが、批評家が書くような空間の体験やその時に覚える感情とその原因というものの、さらに核心にある「建築とは何か」という問題を考え、書こうとする試みがより狭義の建築論と言えるだろう(前川道郎「建築:虚学のすすめ」、『建築雑誌』1993年6月号)。

増田研究室の場合、「万博計画」(1966)という作品の説明にtopographyという語句が使われている。これは地形・地勢を示す英語だが、その語が増田の博士論文でも頻出しているのである。両者でその意味は異なっており、増田の博士論文ではその意味は地形・地勢より広く捉えられている。それを理解したうえで「万博計画」の作品説明を読むと、書かれていないが考えられていたかもしれない意味を推定できるのである。これは、建築作品をそのデザインや空間だけでなくその根本にある設計者の理念から評価するための方法のひとつである。建築論が有用性を超えているというのは事実だが、このように建築の評価方法の一つになることが、批評含む建築論の意義であることもまた事実であろう。

研究会・シンポジウムの開催

研究会の様子

田路先生は建築論研究会を主宰していて、その関係で年に何度かシンポジウムや研究会の手伝いをすることもある。詳しくは研究室のホームページを見て欲しい。
先日は増田友也の博士論文の抄稿(1956)の読書会を行った。

この記事の研究室

田路研究室

建築論の探究と建築設計の実践 -地球環境時代の都市・建築論の構築を目指す-