2025年8月08日(金)、VERTICAL REVIEW 09 が開催されました。
京大建築の公式YouTubeに全体を通しての動画がありますので、ぜひご覧ください。
VERTICAL REVIEW は、京都大学工学部建築学科・工学研究科建築学専攻における設計作品の中から、各課題ごとに優秀なものを選抜し、学期末に全学年が合同で行う講評会です。ゲストとして学外の建築家の先生をお招きし、学生と教員が一緒になって議論を行います。

今回は、ゲストクリティークとして学外から以下の先生方にお越しいただきました。
畑友洋建築設計事務所 畑友洋
大西麻貴+百田有希/o+h 大西麻貴
東京大学特任講師 平野利樹
あわせて、学内から平田晃久先生、榮家志保先生、三浦研先生、大須賀嵩幸先生、猪股圭佑先生、酒谷粋将先生、安田渓先生がご参加されました。
吉田キャンパス総合9号館の4階ギャラリーで行われました。

前期は1回生から4回生、修士課程の設計課題が集まりました。
それでは各学年の設計課題についてご紹介しましょう。
1回生 第1課題 HAND
与えられた建築作品を題材として、紙と鉛筆、インキング等を用いてドローイングします。実例をもとに、初歩的なドローイング(製図)の技法を習得するとともに、建築の理論、構成を学びます。 平面図、立面図、パースペクティブ、写真の4つの表現について取り組みました。
















教員たちからは、ドローイングには立体の写実的投影として描く方法と、独立した二次元グラフィックとして構成し、グラフィックの持つ秩序を強調して過激に表現する方法の両方があり得るとの指摘がありました。そして、増田友也の体育館の立面ドローイングは、各々の陰影の差によって異なる建築のように感じられ、中には時間経過を図面に落とし込む試みも見られ、興味深いと評価されました。また、添景が既に存在する写真表現に比べ、パースではどのような添景や素材感を加えるかに作者の意図が現れるとも言われました。
平面図
天野菫・乃一充則・伊藤和生
立面図
LIU BEIJIA・志知孝治・伊藤和生・大原己成
パース
清丸正寛・有本祐真・伊藤和生
写真
清丸正寛・伊藤和生・斉藤仁哉
配置図
伊藤知生・清丸正寛・Zhang Yushan・志知孝治・松尾かおる
1回生 第2課題 DIGITAL
本課題では、身の回りの空間を形成する重要要素の3Dスキャンに始まり、Rhinocerosでのモデリング、レンダリングを学びます。最終的には、3Dスキャンしたモデルをベースに、Rhinocerosで作成したモデルやインターネットからダウンロードしたモデルなど、さまざまなモデルを加えて箱庭世界を制作します。イームズ夫妻による映像作品「パワーズ・オブ・テン」のように、ベースモデルを起点として、ミクロスケールからマクロスケールまで双方向に箱庭世界を展開していきます。



本課題では、スキャンによる誤差や偶発的な要素、いわゆる“悪ノリ”から発想が生まれた事例が見られました。作品にはコラージュ的要素やスケール操作が含まれ、一回生の段階で思考力を大きく養うことができていると評価されました。ストーリー構築が求められる課題であり、それぞれの発想法や物語の組み立てに新たな発見がありました。
伊藤和生・CHEN XIRAN・三木穂
2回生 PAVILION
通常建築物には住む、働くなどさまざまな用途が与えられていますが、それらの要素を取り去ってもなお「建築」と呼べるものが残ります。物体を積み上げ、組み上げ、空間を覆うことで原初的な建築「パビリオン」を設計する課題です。京都大学構内のとある中庭を敷地として、何らかの物体で人を取り囲み、やすらぎ、爽やかさ、快活さなど人になんらかの感情を呼び起こす、情緒を帯びた空間を現出させることを目指しました。





パビリオンという、機能が明確でない建築と向き合うにあたり、ダイヤグラムのおもしろさが模型で十分に表現できているのかどうか、そのパビリオンのコンセプトにあった適切な平面形状であったのか、などが議論されました。また、本課題は自らで設計を行う初めての課題ということもあり、画像・映像表現におけるスケール感の表現方法や、床レベルなどの高さの設定と中にいる人の感じ方の関係などにも議論が及びました。
岡村知典 「Cinemable」
篠原佑里 「Drift of Paint」
金山ルーク 「爽堵」
中井てるひ 「ひとだまり」
寺井健太郎 「SPED SLOWED」
2回生 HOUSE
人々の生活は時間とともに変化します。それに対し家はあらかじめ変化を受け止めることができる柔軟性を備えているべきか、逆に変化に対し不動の強さで立ち続けるべきか。本課題では京都市内の3つの場所から敷地を選定し、それぞれの場所で人々とともに生きていく時間を想像しながら住宅を考えることが求められました。





1回生のデジタル課題や2回生のパビリオン課題を担当されていた先生からは、これまでの課題で培った空間の捉え方や物事の見方が、住宅設計の成果物に結実されているという講評をいただきました。住むとはなにかという根本的な問いに対して昨年までの課題では見られない形での回答が多く、見応えのある作品が揃いました。
一色悠太郎 「HOUSE3」
富田大輝 「街景の交差点」
落合智紀 「広場と裏道 〜光が生む集まりと落ち着き〜」
西岡祐俐 「Wall Forest」
山門祐太 「Re:Frame」
3回生 MUSEUM
近年、アート作品や美術職の多様化し、また作家・作品・鑑賞者という関係はつねに流動的で入れ替わりうるような複雑さを呈するようになってきました。美術館は作品を展示して興味のある人が来館すればよい、というような従来的な運営のあり方ではなく、もっと多様な価値観を認めながら互いに学び、コミュニティへの参加を促すような経験を提供する場所へと変わることが目指されています。見ることや参加することやつくることが開かれ、それぞれが特権的でないような美術館を岡崎地域に設計しました。



先生方からは、今年度の作品は課題に対してうまく回答できているものが多かったとの講評をいただきました。それによりこれまでにない新しい美術館の空間も生まれていくと平田先生からお言葉をいただきました。また、最初の発想がいかに軸を保ちながら建築に収斂するかについての議論がなされました。
陳千奇 「Archive Unbound」
池端茉央 「めくり、めぐる」
大川暖 「産声」
3回生 SCHOOL
互いに異なる問囲の人々を尊重し、時に協力し合いながら豊かな社会をつくっていけるような個性をはぐくむ、子どもたちが自由に学べる環境を、小学校の典型例からスタートし、それを「発酵」、つまり従米の空間を操作してより豊かな人とのインターフェースを持つ場に変化させ、より自由な学びのための場所へと変容させることによって、さまざまな異なる立場の人々が自発的に共存する小学校を設計しました。



先生方からは、それぞれの作品についてコメントをいただきました。
重平晃佑 「学び場は、通学路」
安田梓紗 「Souvenir -記憶を育む舎-」
佐原直弥 「Undulating, Lingering Sanctuary」
4回生 STUDIO
4回生のSTUDIO課題ではそれぞれ異なる課題に取り組みました。
●三浦スタジオ 老いの力ー高齢期の創造的な住まい
人間の創造的思考の根底には、〈演繹〉や〈帰納〉に続く第三の推論形式として知られる「アブダクション(abduction=結果から原因を推測する思考法)」を実践し、空間の形式や構成が定型化しがちな高齢者福祉施設のイメージを打破する建築の提案を目指しました。これは設計課題であると同時にデザインドリブンの新しい建築計画学の手法を探究する実験的試みです。
2つの提案はそれぞれ線と点、卵パックという形態からスタートし、建築へと落とし込んだものでした。形態の手法とプログラムや現実の空間性のギャップについて議論になり、難解なテーマを建築として解いたことは評価された一方で、建築としてまとめる際にどのような思考プロセスを経てきたのかについて疑問が残るというお言葉をいただきました。


金太晟 「場を刻む放射グリッド-暮らしと学びが交差する複合空間-」
武田麻由 「投影 回転 延縮-秩序をまとい、彩る暮らし-」
●平田スタジオ 似ているものの家
建築的な思考を通して、異なる事物における共通性(や相違性)を見出し、それを手がかりに建築を構築する可能性について考えました。建築的な思考で身の周りを見渡した時、なんでもない現象や風景、そのメカニズムにふと類似性を見出してしまう瞬間があります。時に植物や微生物のコミュニケーションの手法や香りの重なり合いの現象に建築のつくられかたを見出すこともできるかもしれないし、同じ人間でも異なる文化圏における建築空間における一種の類似性を見出すことで人間の根源について考えることもあります。このように 一見異なる事象に建築的な思考法を介して類似性を見出し、そこからあたらしい建築を構築することを目指しました。
それぞれ玉虫色のシャツと道草、いもむしと滑り台という二つのものを別の視点から見ることによって生まれる類似性によって住宅建築を作っていこうという提案でした。一見するとふざけているようにも見えるが、そこでの生活の様子がわかると面白さが伝わるというお言葉をいただきました。似ているものを読み違えるという手続きは、ともするとなんでもありになってしまう危険性が指摘されました。

藤田幹也 「罪悪感という極上の悦び」
武谷真吾 「移動祝祭日」
修士課程設計課題 「ENTAGLEMENTS
An Alternative for the Nerima Art Museum and Library in Tokyo」
建築を絡まる基盤と絡まるものの階層構造としてとらえなおし、多層的な絡まりとその秩序を通じて新しい空間的な価値を生み出すことを目指します。世界有数の人口密度を持つ東京、その中でも多様な都市機能が混在し、都市の「からまり」が顕著に表れる練馬区にある美術館と図書館を題材とし設計を行いました。


トルティーヤや三項関係といった抽象度の高いスタートから建築を組み立てていくことを目指した提案でした。難しいテーマに取り組んでおり、面白い建築ができていると評価された一方で、人に伝える方法を自分たちの提案の中で見つけていくべきだというお言葉をいただきました。
五十嵐果保/北岡智也 「NERIMA ENVUELTA 練馬区・反転する”包まれ”」
閑念真優/山崎稜太 「月への飛行/わたしへの飛行」
講評の様子




総評
講評会後の総評では、各先生から、今回のVRについてだけではなく京大建築全体も含めた総評も頂きました。
大須賀先生は、一回生から修士まで、建築設計についてこだわって議論ができる場が生まれていて良いとのお言葉をいただきました。
安田先生は、1回生での課題内容が、その後の設計課題における見方や語り方に影響が出ていると言われました。
酒谷先生は、VRという機会を通じて、学年を超えたつながりが生まれることについて言及されました。今回の発表者のみならず、京大の建築学科には面白い作品を制作している人は数多くぜひ積極的に先輩方に声をかけ、作品を見せてもらってください、と言われました。また、京大の作品は形而上的な傾向が強く、わかりやすいパース表現など、形而下のアプローチがやや少ないとコメントされました。新しい表現方法を積極的に探し、取り入れていくことを期待しているとのことです。
猪股先生は、まずパビリオン課題について、設定の自由度が高いため、取り組み方によっては卒業制作のような規模や内容になってしまう場合があると指摘されました。学生の中には自分なりに楽しんで取り組んでいる様子も見られたものの、全体としてはやや消化不良な印象を受けたとのことです。そして小学校課題については、多様な切り口があり非常に興味深いと評価されました。京都大学建築学科の学生は、先生が以前在籍していた大学とは全く異なる教育を受けており、そのため課題においては単純な形の話ではなく、意味や背景に関わる議論が活発に行われていたことが印象的だったと述べられました。また、見た目の格好良さが評価される一方で、全く異なる教育を受けてきた人々が存在することを理解しておくことも重要であると指摘されました。
三浦先生は、今回のVRを通じて「つながり」が強く印象に残ったとコメントされました。院生の設計は、それぞれ形や考え方が明確であり、初見では理解しにくい部分も説明を聞くことで、時間をかけて熟成されてきたことが感じられたとのことです。また、卒業制作からどのように発展していくのかという設計上の「つながり」が見られ、とても良かったと評価されました。さらに、1,2回生の課題については、「こういうことを考える課題だったのか」と気づける仕組みになっていると指摘されました。その気づきを得るためには、先輩との積極的なコミュニケーションが不可欠であり、課題に求められている世界の縦糸を通していくことが重要だと述べられました。こうした姿勢を一層強化していくことが、京大建築の大きな強みになると先生はコメントされました。
榮家先生は、VRは上下の学年の学生がそれぞれの立ち位置を確認できる素晴らしい場所だと感じられたそうです。1回生で立面図に集中していたころと、4回生になると表現を軽視しがちなことの対比から、先輩を参考にするとともに、過去を振り返ってほしいとのお言葉をいただきました。
畑先生は、現代はすぐ手に入るもの、すぐ結び付けられるものはAIによってすぐ解決できてしまう時代であって、通常結びつかないようなもの同士を繋ぐような問題設定が大事であるとされました。簡単に建築化できないようなものからスタートする試みへの興味を語られました。
平野先生は、1,2回生の頃はフォルマリズム的な傾向が強く、3,4回生になっていくにつれ、そこに機能や意味が付加されていき、形式とプログラムがうまく融合しているように感じたそうです。そこで千葉雅也さんの『センスの哲学』を挙げられながら、どうセンスを磨くのかについてまずはリズムを考え、最後に意味に帰ってくるというお言葉を紹介いただきました。また他人に伝わらなくとも、憑りつかれたものがあるならそこを伸ばしてほしいとのお言葉をいただきました。
大西先生は機能の積み重ねというよりも何か思いがけないアイデアや形から意味や機能を見出していく1:1対応ではない案が多く、具体的なものに向き合う一方でそこからどう普遍性を持たせるかということに取り組んでいるプロジェクトが多く面白いとコメントされました。一方で作品が直感的、身体的にわかる建築になっているか、プレゼンは果たして伝わるものになっているのかと指摘されました。
平田先生は、一昔前と違い、美術館であればこのように設計するべきといった計画学的な模範が存在しない、何が正解か分からない時代の中で、新しいものを考えていく人材が育ってほしいこと、そのためには、まずは簡単なことから投げかけていくことが大事で、その意味では4回生のスタジオ課題でテーマに挙がっていた「アブダクション」を、設計においては常に行っていると言われました。また、こうしたチャレンジは大事である一方で、どれだけ世界に対し良い投げかけができていても、現実では建築が空間として整っていなければ理解、評価されない点についても注意されました。最後に、今後建築家の仕事や建築の建ち方も変化していくだろうとのお言葉をいただきました。

最後にゲストクリティークの先生方から個人賞が贈られました。
畑友洋賞 大川暖 (B3) 「産声」
大西麻貴賞 閑念真優/山崎稜太 (M1) 「月への飛行/わたしへの飛行」
平野利樹賞 武谷真吾 (B4) 「移動祝祭日」
以上、VERTICAL REVIEW 09のレポートでした。
(文章:乾翔太・北岡智也・長谷川愛真・水﨑恒志・森翔一・森木渚 写真:冨岡大機・林知樹)