最悪地震動を知り想定外をなくす
2016年4月に発生した熊本地震では、震度7の地震が連続して2度発生するという、これまで想定されていなかった事態が起こりました。地震がいつ、どこで、どのようなメカニズムで発生するかは現時点では予測が困難です。1995年の兵庫県南部地震、2011年の東北地方太平洋沖地震などもその例と言えます。そのような地震に対しては、「想定外」という考え方そのものが相応しくないのかもしれません。
未知で不確定な地震動を的確に扱うことができるのが最悪地震動(その建物に最も甚大な被害を及ぼす地震動)の概念です。当研究室では、想定外の被害を極力発生させないために、限られた既知情報から発生が予想される地震動群を考え、最悪地震動を特定する研究を行っています。
誰もが使える理論を構築
建物には固有の周期があり、それと地震波の周期が一致すると「共振」が起こり、建物が大きく揺れることで被害が生まれます。また建物は、変形が大きくなると元に戻らなくなる性質(塑性)を持っており、建物の共振の周期は塑性変形によって時々刻々変化します。従来の方法では、共振点を調べるために数千・数万回の計算を繰り返す必要がありました。
これに対して当研究室では、地震動をインパルス(衝撃)に置き換えるという独自の手法を導入することにより、繰り返し計算なしで共振点(復元力が再び0となるタイミング)を見出すことに成功しました。すなわち、高校の物理でも扱うことができるようなエネルギーの平衡を巧みに用いることで、簡易な計算式で答えを導くことが可能となりました。
免震・制振のハイブリッドでより安全な高層ビルをつくる
当研究室では最悪地震動モデルの構築のみならず、既存建物の耐震補強に関する研究や、新しい建築構造システムに関する研究も行っています。想定以上の強い地震動が何度も発生することになると、梁や柱の強度を高めて耐震性能の向上を図るだけでは限界があり、近年では免震構造と制振構造が普及しています。免震構造は建物の基礎部分と建物の間にゴム材料を用いた免震装置と減衰装置を挿入することで、揺れを建物に伝えないようにします。一方、制振構造はダンパー(減衰装置)を用いて地震エネルギーを吸収します。当研究室は、民間との共同研究を通じて、ビルや木造住宅に簡単に設置可能な制振ダンパーを開発しました。すでに多くのビルや住宅で用いられ、東北地方太平洋沖地震や熊本地震でも効果が実証されています。
また、この免震と制振をハイブリッド化させることで、安全性を効果的に高めた建物の実現に向けた研究も行っています。これまでは、両方の仕組みを同時に用いることはコスト面からも必要ないと言われてきましたが、実際にはそれぞれ得意不得手があり、適切に組み合わせることで、対応できる地震動の幅が広がります。実際、長周期の地震動に対して免震構造はあまり効果を発揮しないものの、直下型地震のような短い揺れはよく吸収します。逆に制振ダンパーは、直下型ではあまり効果が期待できませんが、長周期の地震動には高い効果を発揮します。東京湾岸に建設された高層マンションでは、このハイブリッド免制振のシステムを採用し、短い急激な地面の揺れは免震で、長周期地震動には制振で対応するという設計が取り入れられています。
最悪地震動の概念と構造物の冗長性・ロバスト性の概念を巧みに組み合わせた信頼性の高い耐震設計法を展開することで、「想定外の地震動」に対しても急激な構造性能の劣化を伴わないレジリエントな建物の構造設計体系を構築することが可能となります。