はじめに
京都大学桂キャンパスCクラスターには、建築学科・建築学専攻の研究室が入る建物があります。みなさんは、その1階の隅に建築の模型が展示されていることはご存じでしょうか。在学経験のある方や、現在桂キャンパスに通う方であれば、一度は目にしたことがあるかもしれません。しかし、それらがどのような経緯でそこに置かれているのかを知っている方は多くはないと思われます。実は、これらの展示物は、京大建築の歴史に深く関わり、文化財にもなっているものなのです。この記事では、C2棟1階の展示物をはじめとする「建築教育資料」について、このたび資料の整備事業に関わった筆者が解説します。
「建築教育資料」の整備事業について
「建築教育資料」は、正式には「京都帝国大学工学部建築学教室旧蔵 建築教育資料」と呼ばれ、京都大学建築学科によって、主に建築教育に使用するための標本として収集された物品です。現在は桂キャンパスC2棟に保管されています。前回の整備はキャンパス移転に合わせて2004年~2005年に行われ(建築史学講座(高橋康夫教授・岸泰子助教)が実施)、約20年が経過していました。収蔵庫内の資料には20年のあいだに埃がたまり、カビの発生も懸念される状態でした。そのため、貴重な「建築教育資料」を良い状態で保存し、再び活用するためにも資料のクリーニングが必要でした。今回の整備事業では、クリーニングに加えて、公開活用のための基盤づくりとして、必要になったときにすぐに取り出すことができるように、資料の配置替えや収蔵庫の棚の更新も行われました。
整備事業は建築学専攻の貴重品利用WG(ワーキンググループ)(冨島義幸先生、田路貴浩先生、小椋大輔先生、岩本馨先生)が企画し、建築史学講座の岩本馨先生が担当されました。クリーニングや資料の移動を専門とされる方々に作業をおこなっていただく必要があったため、増田友也関係資料のアーカイブ化、京都大学総合博物館での展示を行った実績のある、建築設計学講座(生活空間設計学分野)の田路貴浩先生が統括されました。また、整備事業の予算申請書類作成のさいには建築環境計画学講座/生活空間環境制御学分野の髙取伸光先生にご助力いただきました。
筆者について
建築史学講座、冨島・岩本研究室に所属する修士課程の学生(当時修士1年)です。2024年12月から2025年1月にかけて、「京都帝国大学工学部建築学教室旧蔵 建築教育資料」の整備事業にOA(オフィス・アシスタント)として関与し、データベースの作成や資料を収蔵庫に収めるための実測などの業務を行いました。
「京都帝国大学工学部建築学教室旧蔵 建築教育資料」の概要
先述の通り「京都帝国大学工学部建築学教室旧蔵 建築教育資料」は、主に建築教育に使用するための標本として収集された物品です。これらは、大別すると、設計図・建築模型・工芸品・建築装飾品・石膏レリーフ・大理石標本・給排水器具・住宅模型・建具模型・白蟻被害木材および紙などからなります。物品の収集は、建築学科の創設にかかわった武田五一が中心となって、創設前年の大正八(1919)年から昭和十一(1936)年にかけて集中的に行われました。収集された期間が明らかになっているのは、当時の「備品監守帳」が残されているためであり、各物品についてその来歴を追うことができます。このように来歴が明確な資料がまとまって残されている事例は珍しいようです。

「建築教育資料」は建築教育が珍しいものであった、大正期や20世紀初頭の建築教育の生き証人としてその価値が評価され、2006年3月31日、資料2653点が歴史資料として国の登録文化財に登録されました。さらに、資料の中には日本近代建築の父・コンドルの建築図面やフランク・ロイド・ライト設計の帝国ホテルライト館の石膏模型など、それ自体が貴重な資料となるものも含まれています。このうちコンドルの図面は、昭和十四(1939)年に教育・研究のための資料として納入されたもので、日本最大・最良ともいわれるコレクションの量・質が評価され、「ジョサイア・コンドル建築図面」として重要文化財に指定されています。このように、「建築教育資料」は、単なる古い建築標本ではなく、群としては近代の建築教育の生き証人として、単体では貴重な歴史資料として高く評価されています。

コンドルの図面に関しては、京都大学貴重資料デジタルアーカイブで公開され、ウェブ上で誰でも見ることができます。また、武田五一が収集した標本については『武田五一の建築標本――近代を語る材料とデザイン』で一般向けに紹介されています。直近では、2004年から2005年にかけて当時の建築史学講座(高橋康夫教授・岸泰子助教)によって、資料の調査や整理が行われ、目録が作成されました。先述の文化財への指定及び登録や書籍の出版はこの時の成果をもとになされたものであると考えられます。
