建築学科の中心的な授業に「設計演習」がありますが、あくまで設計の「演習」であり、実際の建物や工作物を設計する機会は少ないのです。では、演習ではない「本番」にはいつ携わることができるのでしょうか。
今回は2回生、つまり建築を学び始めて2年目の学生であった私たちに偶然そのチャンスが巡ってきました。実際にものをつくること、設計と施工に挑戦した奮闘記をご紹介します。
プロジェクトの概要
京大建築学科の2回生4人(猪阪千映子、安田梓紗、矢橋葉名、山田侑吾)は、京大の技術職員・藤平剛久さんと協働し、2024年7月から11月にかけて京都御苑東にある梨木神社で、萩(はぎ)と竹を組み合わせたトンネルを設計・施工しました。本プロジェクトは、「神社仏閣をもっと身近に」が主催する「第1回京都やおよろず文学賞」にあわせて企画されました。

現地での取材
プロジェクト開始時に、梨木神社の多田隆男宮司に取材を行いました。多田宮司によると、萩は『万葉集』で最も多く詠まれた植物であり、古くから人々に親しまれてきたそうです。梨木神社には500株以上の萩が自生しており、緑が映える夏の萩や、黄色に色づく秋の萩など、四季折々の表情を見せてくれます。私たちは、萩の魅力を味わいながら神社へと入っていける空間をつくるため、萩のトンネルを設置するプロジェクト、通称「萩プロ」を始動させました。
敷地調査
7月には、敷地の実測調査を行い、設計に必要な寸法情報を収集しました。敷地のタイルの数を数え、周囲の紅葉や石碑の位置と比較しながら、トレーシングペーパーを用いた記録用紙に書き込んでいくという地道な作業。これまで実測の経験が無かった私たちにとって、実測とはどのような行為なのかを初めて実感する機会となりました。印象的だったのが、学生の誰もコンベックス(巻尺)を持参していなかったことです。設計には細かな寸法情報が必要だと理解していたつもりでしたが、実測の場で具体的に何をすべきか想像できていなかったことを痛感しました。

トンネルの計画・設計
8月には、学生4人で工北コモンズ(正式名称:北図書室ラーニングコモンズ。吉田キャンパスにあり、グループワーク等に利用できる)やオンラインで会議を開き、基本設計の議論を重ねていきました。萩の葉が生い茂る光景の魅力を感じた私たちは、そもそもこの場所に建築が必要なのかという根本的な問いから議論をスタート。既存の空間の良さを尊重しながら、人々がより深くこの場所と関われるような設計の可能性を模索する中で、萩の風景や鳥居の持つ神秘的な雰囲気を損なわず、むしろ引き立てるような建築のあり方を探ることに意義があると考えるようになりました。そこで、萩や鳥居と調和しつつ、新たな体験を生み出すデザインを目指し、慎重に基本設計を進めていくことにしました。
設計は鳥居に近づくにつれて各フレームの間隔を広くする案を採用。砂利道側ではアーチの密度を高くすることで神社の入り口としての機能を持たせ、鳥居側ではアーチの本数を減らして存在感を薄めることでトンネルと鳥居が自然に繋がるようになっています。棟材は波型になっており、水や風のように流れる曲線の美しさと、トンネルの奥へ突き抜ける力強さとを併せ持っています。もともとの神社の雰囲気を残して京都らしさを出すため、素材は竹に決定しました。藤平さんを通して、京都にある放置竹林の竹を利用できるかもしれないという話があったことも、竹を使用することになった要因の1つです。
スタディ模型 案出しの様子
桂でのモックアップ制作
9月には、藤平さんのご指導のもと、京大桂キャンパスの構造実験棟の一角で実寸大モックアップを製作しました。単管パイプで門型フレームを作り、桂キャンパスの裏山で伐採した竹を組み込みながら、施工方法を検討しました。竹の長さを調整し、インシュロックで単管フレームに緊結することで、安定した構造を目指しました。実際に竹を目で見て手で触って、そのしなり具合や重量感を確かめながら設計を進めることができたのは貴重な経験でした。実寸大のモックアップを製作することで、スケール感や収まりを体感し、実際のトンネルを作る際の可能性や課題を深く理解できました。

竹の伐採
10月に、長岡銘竹株式会社の真下彰宏さんのご指導のもと、同志社大学の学生と共に、向日市物集女の放置竹林にて竹の伐採を行いました。放置竹林の整備をお手伝いする代わりに、トンネルに使用する竹を20本ほど伐採させていただきました。メンバー全員が竹の伐採は初めてでしたが、真下さんから竹の適切な切り方や扱い方について学びながら安全に作業を進めていきました。事前に設計図をもとに必要な竹の本数を確認しておき、伐採した竹の直径と長さを測りながら「この竹は8分割して使おう」「ここの部分から材が24本とれるね」などと言って、確保できる材の大きさと数を計算しつつ進めました。紙とペンを使って、頭をフル回転させながら必要な分の材料がそろっているか確認しました。しかし、梨木神社に材を運び、いざ施工を始めると「少し材が足りないかもしれない」というハプニングが発生。急遽、ひとつひとつの竹材の幅を小さく加工することにしました。設計時は幅60㎜としていましたが、実際には40㎜程になっています。今回伐採した孟宗竹(もうそうちく)は建材としての需要が少なく、多くが放置されているのが現状です。竹林の整備がかなりの肉体労働であることが分かった上に、放置竹林の問題や竹の有効活用について改めて考える機会にもなりました。
伐採した竹を必要な長さに切る様子 伐採の際の集合写真(前列左から順に:安田、矢橋、猪阪、藤平さん、後列左から2:山田、後列右から2:真下さん)
トンネルの施工
トンネルの施工は地面に杭を打つことから始まり、約1000本のインシュロックを使って竹材を一本一本固定していくような地道な作業の繰り返しでした。施工中に特に懸念されたのは、構造の強度です。施工初期は、フレームだけが立ち上がった状態で、端を揺らすと反対側まで大きく揺れるほど不安定でした。横材を増やすことで十分な強度が得られるのか不安でしたが、実際に施工を進めると、横材と無数のインシュロックによって全体の剛性が向上し、安心しました。また、垂木材が施工前の想定より大きくたわんでいたため、急遽ワイヤーで補強し、吊ることで安定させました。こうした施工の過程では、リアルタイムで構造や収まりを考えながら対応する必要があり、それが非常に貴重な経験となりました。手作業で丁寧に組み上げたことで、自然素材ならではの温かさと美しさを感じられる空間が完成。作業を重ねるたびに少しずつ形になっていくトンネルに、日に日に愛着が増していった施工期間でした。
竹を割っている様子 竹を加工する様子 施工する様子
タイトル「萩のまにまに」
設計した萩のトンネルには、設計メンバーで「萩のまにまに」というタイトルを付けました。「まにまに」とは事の成り行きにまかせるさまを表す古語であり、その意味合いが、流れに逆らわず自然に従って成長する萩の様子と重なります。季節に応じた萩の変化を感じられる制作物になるように、という思いを込めました。萩のトンネルの前にはタイトルと説明が記されたオリジナル看板を設置しています。

トンネルのお披露目
11月9日の文学賞当日は、萩のまにまにのお披露目として、プレゼンボードと模型を展示しました。訪れたたくさんの方々がトンネルを通る様子をみて、感慨深くなりました。萩のまにまには、年間を通して設置され続ける予定です。実際に訪れて、四季の移ろいを感じて楽しんでいただけると幸いです。



さいごに
私たち学生にとって、普段の設計演習と違い、実際に施工まで行うというのは初めての経験でした。施工の難しさを実感しつつも、完成を思い描きながら取り組んだ4か月間は、楽しく充実した時間となりました。貴重な経験の場をくださった藤平剛久さんをはじめとする「神社仏閣をもっと身近に」のメンバーの皆様、相談に乗っていただいた京都大学の安田渓先生、早川小百合先生、M1の石田翔さん、そして作業を手伝っていただいた同志社大学の学生の皆様に心より感謝申し上げます。

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