京大建築学専攻では、建築分野における多様な視点から日々研究が進められています。それらの成果は、論文等の文献や学会での発表、あるいは講演会といったかたちで発信されるのが一般的で、建築の展覧会と聞けば、建築家の実作に関するものを想像する人が多いのではないでしょうか。
では、建築学の研究が展覧会として発信されたとき、それはどのような姿を見せうるのでしょうか。私が所属する柳沢研究室をはじめとして、その他多数の学生、先生方との協働により実現した「住み方発見!! Home Life Diaries in Japan」展をもとに、建築分野の研究を、建築を介して発信することについて考えたいと思います。
はじめに———「住み方発見!! Home Life Diaries in Japan」展と「住経験」


12/2(月)〜12/15(日)「住み方発見!! Home Life Diaries in Japan」展 開催 – 京大建築式
京大大学院では、授業の一環として「住経験インタビュー」が行われています。他大学での実施も含め、年々蓄積される住まいと生活の記録。こうした研究とその成果を広く見てもらうべく、これまでの住経験研究のアーカイブス・発信の場として、2024年12月2日から15日までの2週間にわたって開かれたのが、「住み方発見!! Home Life Diaries in Japan」と題した展覧会です。
「住経験」——京大建築では聞き馴染みのある言葉ですが、まだまだ知らない人もいるかもしれません。と、そんなあなたにぴったりの記事がありますので、詳しくはこちら(どんな家で、どのように暮らしてきた? 住経験を語ることの魅力と意味 – 京大建築式)をご参照ください。
簡単に言えば、「自分が今までに住んできた家とそこでの暮らしのこと」です。
そして、住経験を記録するため、柳沢究先生によって考案された手法が「住経験インタビュー」。
これまでに、国内外9つの大学・教育機関で行われ、約500人の学生による計2000以上もの住まいの記録が集められています。そもそも、多くの人が経験するような「普通」の家はなかなか記録の対象とされません。だからこそ、他の誰かが過ごした「普通」の住まいの実態を知ることはあまりないのです。
そこで、本展覧会では、これまでの住経験インタビューによって記録された住まいをおよそ100点選出し、様々な切り口からその姿を発信しました。

「住み方発見!! Home Life Diaries in Japan」展の風景
本展覧会は、大きく9つの展示から構成されています。「住経験」を軸として、その概念の紹介に始まり、順路に従ってその記録が少しずつ違った見方で展開されていきます。実際に記録された住まいやその変遷を見ることは、誰かの生活や人生を垣間見るような体験でもあり、記録に映るものを来場者自身が感じとり、想像しながら見て回る展示構成をとりました。
ここで、実際の展示風景をお見せしたいと思います。そして、こうした展示がいかにして計画されたのか、その背景にある会場「ギャラリー日本橋の家」と展示の深い関係性についてお話します。





⑦ ちょっと「変わった」住まいと住み方(下)
2000以上の住まいの中でもとりわけユニークなものを選抜し、3つの見方に分けてそれぞれ1つの部屋に展示する。各室一面には、共同で展示計画を行ったモクテキ工藝社の設計・施工による什器が取り付けられている。
⑧来場者参加コーナー 「思い出の住居」の間取りを描く 様々な住まいの記録を読み解くことの延長として、来場者に自身の住まいの図面を描いてもらう場である。建築を専門としない人にとっては、見知った自宅を描くことも十分に難しいと思われるが、それもまた住経験理解の一歩となるだろう。(計画・設営:近畿大学池尻研究室)

展示計画における展示会場の重要性

会場の空間は、展示計画に深く関係します。特に本展覧会においては、一層会場の空間が重要な要素となりました。一つの要因は、本展覧会で展示されるものは「住経験」の記録、すなわち図面と文字による膨大な二次元情報であり、目を引くような立体物が想定されないという展覧会の性質によるものです。
そしてもう一つは、会場となる「ギャラリー日本橋の家」の建築としての特性によるもの。「ギャラリー日本橋の家」は安藤忠雄氏によって設計された、旧住宅です。今はかつての住人であるオーナーによってギャラリーとして使われており、ホワイトキューブに代表されるまとまった自由度の高い空間とは対照的な、少しずつ空間の異なる室が複雑に結ばれた4階建てのコンクリート打ち放し建築です。世界的な建築家が手掛けた建築ともあって、設営および会期期間においても外国の方がその建築目当てに訪問されることもありました。
しかし、会場の特徴が色濃いことは、展示の質や自由度を下げうる制約ではなく展示の可能性を広げるものであったと思います。本展覧会では、先述の通り展示物そのもので多様な展示空間をつくることが難しかったため、会場の空間の魅力を掴み、活かすことが大切だと考えました。会場と展覧会のテーマとのつなぎ方を考えること。展示を計画する最中、建築を介することで、それ以外では難しい発信のありかたが生まれうると感じました。


「ギャラリー日本橋の家」の空間が活きる展示、展示が活きる空間
展示計画が始まったのは、6月中旬。京大柳沢研究室に加え、住経験研究を共同する、大阪工業大学水島あかね先生、山本麻子先生、近畿大学池尻隆史先生と各研究室所属学生とともに、12月の開催に向けて準備を進めていきました。後に、加子母木匠塾OBOGを中心とした組織であるモクテキ工藝社にも協力を仰ぎ、最終的には50名以上が開催に関わることとなりました。
「住経験の展示を行うこと」のみが決まった状態から、月1回の全体会議で学生・先生が顔を合わせ、持ち寄った案に意見を出し合うようにして展示が計画されていきました。当然、先生方からは様々意見が出るものの、学生の提案・計画が土台となり、全体構成・展示内容から展示方法や空間の検討、各展示物制作および設営に至るまでの計画が練られ、議論されました。
そのなかで、特に難しく何度も議論を重ねたのが、全体展示構成と展示方法の計画です。

先に述べた通り、本会場は異なる空間が複雑に結ばれており、各部屋の空間はもちろん、そのつながりや移り変わりも印象的です。まずは展示のイメージを膨らませ方針を固めるべく、4つのフロアからなる空間をまとまりごとに分け、各空間での魅力的な展示風景を、他の展覧会の写真などを使って模索、共有することから始めました。しかしその一方で、それぞれの展示風景にふさわしい展示内容を配置した結果、それらが連なって一つの展覧会を成したときに、果たして断片的なものの集まりにとどまらず、住経験研究の全体像が鮮明に伝わるものになっているのかという視点も重要になります。つまり、建築空間と展覧会という二つのレイヤーが、個々の空間の魅力と全体としてのまとまりの両方でうまくかみ合った展示構成を考える必要がありました。
各展示空間のイメージ、展示項目や内容の設定、順路といった会場と展覧会の双方の条件を重ね合わせ、複数の要素を同時並行でパズルのように組み替えることを続け、構成を決めていきました。
展示構成を計画する際に意識していたのは、展覧会の対象となる来場者への映り方です。
本展覧会では、企画当初から建築分野に限らない幅広い人が対象として想定されていました。これは、全ての人が関係を持つがゆえに多様な見方、面白さを持ちうる「住経験」を発信するうえで重要なことだと考え、「建築を専門としないより広範囲の人が、建築分野での研究の全体像を理解し、その面白さを感じられること」が、展示構成を固めるうえでの重要な指針となりました。
また、展示方法についても様々な試行錯誤が行われました。
実は、本会場でこれまで多く行われてきた打ち放しコンクリート壁へのテープでの接着には、その跡が残ることで壁の劣化が進むという問題がありました。そのため、会場オーナーから、建物壁面にはテープを貼らないでほしいという要望を受け、この建築の顔ともいえる壁面を維持するためにも、パネルを貼る以外の展示方法が求められました。また、展覧会の趣旨に沿うような、敷居の高くない親しみの持てる空間にするという方針を掲げ、資金や作業量等の実現可能性、なにより展示としての魅力などから、展示方法およびそれに伴う空間を考えていきました。
いくつかの試作と議論の末、展示物はパネル化せず、クロスに印刷したものを上下に棒材を渡して張り、麻紐と木製クリップで吊る形式を採用。堅く強い印象を与えるコンクリート壁に対し、柔らかく軽さのあるクロスと麻紐は互いの存在感を引き立たせるものとなったように思います。


また、モクテキ工藝社にも協力を仰ぎ、一部展示における木製什器の設計、施工を中心に展示計画に参加していただきました。コンクリート壁のセパ穴に展示物を吊るすのみでは多様な空間を活かしきることが難しいことから、特徴的な空間がより印象的に映り、かつ展示に高い自由度をもたらす什器を目標として、展示計画と什器の設計についてモクテキ工藝社メンバーと何度もやり取りを重ねながら、展示空間のイメージと実施設計をすり合わせていきました。この会場にて行われる本展覧会のための什器の提案から材の加工、会場での施工に至るまでご協力いただき、これら什器は本展覧会における大きな見どころの一つとなりました。
打ち放しのコンクリートと展示を支える木・麻、そして展示物の白を基調とした展示空間は、統一感のあるやわらかい印象を伴って、「住経験」をより印象的に発信するための大きな役割を果たしたように思います。

※什器の木材加工には、京大桂ファブが利用された。

旧住宅に投影される「住経験」のかけら
加えて、本展覧会では、会場の旧住宅としての歴史を活かすことが計画に組み込まれました。かつて住宅として生活が営まれた場であったという「ギャラリー日本橋の家」の建築としての背景は、住経験と親和性が高く、住経験の発信に広がりを持たせ得ると感じたからです。
例えば、中庭での展示である『④「日本橋の家」の住み方』。これは、本展覧会においておそらく最もアイコニックな展示でありながら、住宅としての会場の特性が色濃く表れた展示でもあります。「このギャラリーが住宅であったころ、居住者家族は中庭の手すりに紐を渡し、洗濯物を干していた」——と、日本橋の家での住み方が描かれた衣服が並ぶ光景には、かつての住まいの姿が投影されています。「住経験」と「ギャラリー日本橋の家」が空間として結びつき生まれたこの展示は、その過去を知った途端、どこかの遠い話から今ここにある住まいの記憶へと、展示内容を実感の伴うものへと促す役割をもった展示として計画されました。

上記のモクテキ工藝社による一部の木製什器もまた、かつての寝室に置かれることから、それに由来するモチーフを模るようにして設計されています。什器単体ではイメージされにくいものであっても、そのボリュームが旧寝室に置かれることにより、住宅としての部屋のスケールや感覚を想起するような働きかけが生まれうるのではないでしょうか。その他、旧書斎での来場者の作図ブースや旧リビングに置かれた机と椅子、壁に吊るされた展示物などは、さまざまなレベルで住宅の面影を感じさせます。
これらの計画は物理的空間としての魅力や性質以上に、実際に住宅として住まわれていたという事実に支えられていると思います。生きた建築の力、強みはむしろこういった側面に強く表れるのかもしれません。
建築分野の研究を、建築を介して発信するということ
初めに述べたように、学術研究は、文字や図版などの二次元の情報、あるいはそれらをもとにした講演といったかたちで発信されることが多いかと思います。内容が専門外の人にはやや難解であったり、そもそも目に留まる機会が少ないなど、その発信は広く伝わる敷居の低いものではないかもしれません。
その点、展覧会は、空間の変化を伴う展示構成や一つ一つの展示物の見せ方、それらを見て回る体験といった発信アプローチの多様さから、より直感的な理解や共感を生む機会となりやすいのではないでしょうか。そして、実在する空間や活動を対象としたものが数多く存在する建築分野の研究においては、なおさらその影響は大きくなりえるでしょう。調査、記録した内容を空間体験を介して発信することは、より多くの人への理解や思わぬ想像を膨らませるものとなる可能性を秘めていると感じます。たまたま通りかかった人や建築目当ての人など、様々な人が訪ねる機会となりうることもまた、実空間を伴う建築の力の一つかもしれません。
本展覧会において、この会場によく合った展覧会であったという声を来場者の方からいただけたことはとてもうれしいことでした。私は、展覧会の計画、設営を進める中で、「ギャラリー日本橋の家」という建築のすばらしさを実感するとともに、この建築にて本展覧会を行うことの意味があったのだと強く思いました。
建築を介することで生まれる発信のかたちがあるということもまた、建築の面白さの一つかもしれません。
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住経験インタビューについて
展覧会クレジット
○主催 = 国際住経験会議実行委員会:
柳沢究(京都大学)/池尻隆史(近畿大学)/山本麻子(アルファヴィル・大阪工業大学)/
水島あかね(大阪工業大学)/野村理恵(北海道大学)/野田倫生(京都大学)
○展示什器設計製作 = モクテキ工藝社[小池駿輝/上田瑛藍/本田凌也/福本拓真/馬木莉彩/
野田侑里/村上凌/伊勢玉奈/八木一歩/赤路朋哉]
○展示構成・制作 = 京都大学柳沢研究室[井上青葉/銭佳/孫文倩/原田佳苗/趙士徳/唐穎]
○中庭インスタレーション = 大阪工業大学山本研究室[井口遥日/池田創把/大釜慶人/岡田直輝/
黒見奏江/小畠優陽/初村優妃/原田純江/松園梨那/宮田蓮/渡邉蒼良/三宅帆乃花/吉村正太郎]
○来場者参加コーナー = 近畿大学池尻研究室[渕上颯太/藤田采佳/志茂太晟]
○案内パンフレット = 大阪工業大学水島研究室/大阪工業大学[ 金子軒常/松本和也]
○運営協力 = 近畿大学池尻研究室/大阪工業大学水島研究室
岡田樹弥/政本直哉/澁谷亜璃沙/岡村俊輔/松永匠史/小木瑞穂/中野航平/戸田来希/岸本琉勢/
畑中陽向/宮本詩/西崎夢/寺本優斗/濱口珠緒/坪井蒼真/滝谷空/辻健太郎(近畿大学)
大橋知史/森蔭郁海/重國陵磨/笛田颯太/米田昇馬/前川晴貴/藤原凪/田家遥/上野愛依/佐藤優衣
(大阪工業大学)
○ポスターデザイン = 平川礼子(京都大学)
○会場協力 = 金森秀治郎(ギャラリー日本橋の家)
○助成 = ユニオン造形文化財団(令和6年度国際交流助成)/科学研究費補助金(23K26277)



