卒業設計は、設計を志す学部生の集大成です。しかし卒業設計のほとんどは架空のプロジェクトで、実現のあてはありません。卒業に必要な単位を手に入れるだけならば、そこまでの質が問われるわけでもありません。なぜがんばってしまうのでしょうか。濃密なプレゼンテーションは、どのようにつくられているのでしょうか。2017年度の卒業設計で、大学から表彰を受けた4名に、取り組んだ感想から将来の展望まで率直に語ってもらいました。
戦略的”一発芸” 優秀設計賞 稲田浩也
—— どのような卒業設計をされたのですか?
稲田—— 冬になると積雪荷重で形が変わる空間を設計しました。敷地は故郷の、新潟県内の豪雪地帯で、田んぼに囲まれた平野にあります。格子状の屋根架構からチューブ状の柱などが降りた構造で、夏場は農業用の資材などを収容する農業の拠点に、冬は除雪やマルシェの拠点となります。
—— 指導教員はどなたでしょうか?
稲田—— 自分の場合は少し特殊で、4回生での所属が構造系の池田研究室だったので、他の学生が設計にかけられる時間のほとんどを構造の論文執筆にあてました。この場合、卒業要件は論文だけで評価され、卒業設計自体は単位にはなりません。だから、ほぼ趣味ですね。夏頃から研究の合間に設計のアイデアを考えて、まとまったら月1、2回、大学院から所属する研究室の三浦先生に見てもらっていました。そして論文を1月末に提出してから2月16日のプレゼンテーションまでの期間に一気に仕上げました。
—— かなりタイトですね。どんなところに力を入れたのでしょうか?
稲田—— 時間がないので“一発芸”でいこうと考えました。わかりやすいコンセプトを軸に据えて、設計そのものは大雑把でもメインのアイデアが面白ければ成立するように進めました。
地域の課題から出発 優秀設計賞 伊藤克敏
伊藤—— 故郷の東大阪市にある住工緩衝緑地*を敷地とし、食やものづくりを媒介に、住宅地と工業地帯とをつなげるパブリックスペースを設計しました。地形を生かし、緑地の起伏を少しずつ削って屋根をかけ、まちと緩衝緑地の境界を雲のように漂う帯状の道「OBIGUMO」を既存遊歩道に重ね、まちと緩衝緑地の境界を計画しなおしました。
*住工緩衝緑地:高度経済成長期に工業地帯に隣接する住宅地を保全するためにつくられた緩衝緑地で、全国に存在する。
—— どのようにして、このテーマにたどり着いたのでしょうか。
伊藤—— 地域の課題から考えました。東大阪はものづくりの衰退が大きな課題です。産業振興といった直接的なアプローチでは、よい解決策が見つかっていないので、異なる視点から考えたいと思いました。
—— リサーチが細かく、図面も手描きで、丁寧に設計されている印象があります。
伊藤—— でもリサーチに時間をかけすぎて設計は1月終わりまで決まっておらず、手描き図面は2月に入って一気に描きました。2月頭の卒業審査の段階では、CADやCGでまとめた図面を提出しました。
重なり合う空間を表現 優秀設計賞 高橋あかね
高橋—— 神奈川県横浜市郊外に劇場、プール、療養施設、美術館、駐車場からなる複合文化施設をつくりました。敷地は線路、高速道路、国道が重なり合う交通の結節点で横浜特有の谷戸地形の谷底部分でもあります。そこに大地から浮かび、床が重なり合う空間をつくりました。
—— どのようなところに、力を入れましたか?
高橋—— 柱と屋根面の重なり具合です。隙間から遠くの山も見え、風が通り、その建築だけでは完結しない、広がりのある空間としたかったので、壁を建てるのとは異なり、ふんわりと場所をつくることができればと、丁寧にスタディしました。
—— 断面パースが素敵です。どのような意図で描かれたのですか?
高橋—— 建築が地面のありようを変えうるような土木的なスケール感を持ち、かつ隙間に風が入っていくような空間性を表現したくて、絵の具で描きました。
プレゼンテーション重視 最優秀設計賞(武田五一賞) 三浦健
三浦—— 瀬戸内海にある犬島を敷地に、結婚式場と納骨堂の機能が入る祈りの空間をつくりました。犬島には景観や生態、そして採石や銅の精錬といった産業資源が豊富で、それらの資源を吸い取るように場を設計しました。
—— 冠婚葬祭の施設をつくられたのは、なぜですか?
三浦—— 最初から敷地は犬島と決めていて、島全体を敷地とするならばどんな機能がよいかと考えていたのですが、先輩から「人を呼び込み、島を復興させるなら、結婚式場と葬祭場がよいのではないか」とアドバイスをもらいました。空間のつくり方は学部の頃の指導教員だった竹山先生にも教えてもらいながら進めました。
—— 力を入れたのはどのあたりですか?
三浦—— プレゼンテーションです。敷地が大きく、技術的にも時間的にも扱うには限界だったので、スケジュールを優先させて、設計にはそこまで時間をかけず、よりよくプレゼンすることを考えました。今回はじめて後輩に模型制作を丸投げしました。模型をつくるのが好きなのでいつもは自分でやっていたのですが、今回は自分では触らないことにしました。
卒業設計にのしかかる、お金の負担
—— 卒業設計には、どのくらいの方が取り組むのですか?
稲田—— 1学年約80人中25人です。
—— 意外に少ないですね。
稲田—— 今年は多い方です。20人を割る年もあります。
伊藤—— やらない人が多いのは、論文と違って卒業設計の場合、成果を蓄積して何かに役立てるということがしにくいからかもしれません。それに結構お金もかかります。
—— どのくらいかかるのですか?
高橋—— 私は20〜25万円くらいでした。手伝ってくれる後輩へのお礼や卒業設計展への出展費用を含めると、そのくらいになります。
稲田—— それは結構安い方だと思う。せんだい*に出展するだけで7万円くらい、制作に後輩を1人呼ぶと2週間でだいたい1万円くらいかかるので。
*せんだい:卒業設計日本一決定戦のこと。全国から卒業設計を集め、公開審査によって日本一を決める代表的な卒業設計コンクール。
三浦—— 僕は40万円くらいかかっていると思います。それでも後輩に支払う交通費を浮かせるために車で送り迎えして、ご飯代を浮かせるために、できるだけ夕方に帰らせるなど工夫していました。2月入ってからは、1日最低でも2人に来てもらっていました。
稲田—— 模型材料は、スタディの段階では研究室にあるものを自由に使わせてもらえました。それでも本番用の模型の材料代には10万円くらいかかっています。後輩へのお礼、出展料を加えたら20万円くらいです。特に負担が大きく感じるのは、せんだいへの出展料ですね。模型の運送費はみんなでまとめて送るなど工夫したとしても、結構かかります。
—— せんだいには全員出したのですか?
全員—— はい。
稲田—— 僕は35万円くらいかかりました。論文を書くために構造系の実験もしましたが、その実験にかかる費用は研究費などで賄われ、学生が自己負担することはありません。卒業設計の場合はほぼ自腹になるのは、ちょっと不公平かなと思う部分もあります。
それでも卒業設計に取り組む面白さ
—— 思いの外辛い話も多いようですが、卒業設計に取り組むモチベーションはどういうところにあったのでしょうか。
伊藤—— とはいえ充実していて、途中メンタルをやられたときもありますが、ほとんどの時期は楽しかったと思います。設計課題の場合は2ヶ月くらいで終わりますが、卒業設計は半年くらいかけて取り組めるので、やりがいがありました。
高橋—— 私は建築で生きていこうと決めていて、卒業設計は自分が思う建築を最後に立ち止まって考えるチャンスと捉えました。うまくいっても失敗してもいいから、自分が大切にしたいものを見つけたいと思って取り組みました。
三浦—— 僕の場合、卒業設計をやらないという選択肢は、そもそもなかったです。入学したときからいいものをつくりたいと思っていて、ここまで積み重ねてきてよかったと思います。また上手くできれば就職活動にも役立つだろうとは考えました。
伊藤—— 設計の仕事をしたいなら、卒業設計は役に立つんだけどね。
三浦—— 僕は人がいるところが好きで、いつも1週間に一度くらいしか家に帰らないんです。1人でいると、メンタルがきしむ。学校にいれば誰かいるから楽しくて、きつくなかったです。
—— 1週間に一度!? どこで寝ているのですか?
稲田—— テーブルの下とかですね。
伊藤—— 研究室で寝る人もいます。
稲田—— こういうのは、設計・デザイン業界、あるいは日本全体の問題かもしれないと感じます。卒業設計で後輩を使い、お金を使い、労力を無限に費やしてしまう傾向は、どこかで止める必要があると思います。
—— どういう風に後輩は集まってくるのですか?
伊藤—— 1回生の頃は、わけがわからないまま呼ばれました。知らない間に途中で別のチームに移ったりしました。でもいろいろと教えてもらえて楽しかったですね。手伝いたいと思える、時間配分もできる先輩だったので。2回生までは個人の自由ですが、3回生になると手伝いは義務的になります。
稲田—— 自分も含め、みんな3回生がいなければこの卒業設計はできていないと思います。また今年は、時間配分がうまくできている人間が賞を取ったと思います。建築設計者は経営者でもあって、マネジメントも重要です。
—— ありがとうございます。卒業設計のプロセスをどうマネジメントするかということも重要で、おそらくこうした経験は、社会に出てからも生かされるのだろうと感じました。最後、将来的な展望をお聞かせください。
高橋—— 私は建築家になりたい、事務所を持ちたいとまでは思っていないけど、何らかの形で建築に関わっていきたいです。
稲田—— 高橋さんのような独自の世界観を持っている人が、建築家になりたいとはっきりいえないことに、そもそもの閉塞感を感じます。自分はもし建築に関わるならば、長時間労働を前提とするモデルではない、新しい建築のビジネスモデルを提案したいです。最初の就職では建築ではなくコンサルなどで、経営者側の考え方を学びたいです。そして最終的には50歳くらいで、おにぎり屋さんになります。
三浦—— 僕はいつか、事務所を持ちたいです。そのために、いろんな分野の人とつながりたい。そして事務所のそばにバーを開きたいですね。2階から上を事務所にして、仕事が終わったらバーに立ち寄るという状況をつくりたいです。
伊藤—— その頃に「仕事終わり」という概念ができていたらいいけど(笑)。僕も将来、設計をつづけたいという漠然とした思いはあります。ただし、小規模な建物を扱う事務所で働くことは考えていないです。卒業設計もそうですが、環境としては外部空間の方が好きで可能性も感じるので、大きなスケールから建築に関わりたいです。