建築学生は様々な分野、領域の知識を幅広くカバーし、それらをコーディネートする能力を持つよう大学で学びを深めます。こうした人材は社会人として求められる役割、職能が多様化してきている今日、きっと異なる環境でも活躍しているはず。多様な領域へと活躍の場を広げている卒業生・修了生の姿を取り上げます 。
今回は耐震工学の研究室を修了し、現在は外資系コンサルティングファームに勤める佐藤美帆さんにお話を伺いました。 佐藤さんは2015年度日本建築学会近畿支部研究発表会で優秀発表賞を獲得されるなど研究活動でも活躍されていましたが、現在は建築業界とは直接的には関係のないお仕事をされています。どのような想いで進路を決められたのでしょうか。
研究プロセスとコンサルティングの仕事には共通点がある
—— 佐藤さんは現在、外資系コンサルティングファームでコンサルタントとしてご活躍されていますが、建築学生からするとあまりなじみの無い職種かと思います。どのようなことをされるのですか?
佐藤—— 一言で言うと企業の相談に乗る仕事をしています。例えば、海外に進出したいけど社内にノウハウを持った人がいなくて困っている日本の企業に対して海外進出のお手伝いをしたり、業績をさらに伸ばしたい企業からの相談に対してこういう方針で進め、こういう事業を始めましょうというように、今後その企業が進んでいくべき方向性を提案したりしています。
—— お仕事はどのように進められるのですか?
佐藤—— プロジェクトごとに3〜5人の小さいチームを組み、3ヶ月くらいかけて取り組みます。それが終わり次第、次のプロジェクトが始まる、といったスケジュール構成になっています。毎回ある期間の定めを持って取り組み、締切前に忙しさが集中するという点では、建築学生が取り組む設計課題と少し似ているかもしれません。案件の最初のうちは比較的時間の余裕があり、徐々に忙しくなってくるという感じです。
—— 設計課題と似ていると言われるととても分かりやすいです。プロジェクトの合間は何をされているのですか?
佐藤—— ありがたいことにプロジェクトが終わったら長期の休みが取れるんですよ。1年目でも3週間ほどまとまって休むことも出来て、そこでしっかりリフレッシュしてまた次のプロジェクトに備える、といった流れです。私は長期休みだと、ヨーロッパのどこかに旅行に行くことが多くて、最近だとポルトやイタリアのサルディーニャ、ナポリなんかに行っています。プロジェクトがあるうちは全力で取り組み、遊ぶときはしっかり遊べるメリハリのある楽しい環境だと思います。
—— とても楽しそうですね。一方で、お仕事をする上でのやりがいはどういったところに感じていますか?
佐藤—— 自分の言ったことのインパクトが大きいことですかね。コンサルティングという仕事は少し特殊で、1、2年目からでも大企業の役員に対して自分の意見を言えて、それがそのまま企業の戦略に落ちることがあるんですよ。社会に与えるインパクトが大きいことがやりがいですね。是非、体験してみてほしいです。最近だとある日系メーカーさんのR&D戦略を手がけさせていただいたのですが、そこで私が提案した内容が彼らの中長期的な仕組みに組み込まれて、最後にすごく感謝されたことがとてもうれしかったです。もちろん提案をはじかれ続けて心が折れそうになることもあるので、そこは根気強さが大切です。笑
—— 今までどのくらいの案件に取り組んでこられたのですか?
佐藤—— 全部で10件ほど取り組んでいます。そのうち大体3、4割くらいが海外進出関係の案件で、2、3割がM&A対象の事業性評価、1、2割が企業の中期経営計画、あとは色々です。業界的には自動車や消費財、化学メーカーなどですね。新卒で入ってから特に分野を決めずに色々と取り組んでいます。記憶に残っているのは別の日系メーカーさんの海外進出で、実際に私も現地の候補地に視察に行って工場を建設する決定をしたことです。その際には地盤や地下水位といった建築で学んだ分野も絡んできてとても印象的でした。
—— 建築業とは一見関係が無いような分野ですが、どういった理由からコンサルティング業を選ばれたのでしょうか?
佐藤—— 率直に言うと1番わくわくしたから、というのが大きいです。大学院での研究は結構楽しくて博士に進学して研究を続けることも考えたんですよ。一方でもっと新しいことしたいな、もっと人としゃべる仕事がしたいな、みたいな気持ちになったんですね。いっそのこと人と話せて楽しそうな文系の仕事もありかなと思ってちょっと調べてみてみたときに、コンサルティングという仕事を見つけました。そこで気づいたのが、コンサルティングの仕事は実は研究のプロセスよくと似ているということです。
—— コンサルティングと研究、ですか?
佐藤—— そうですね。研究は最初に課題が設定されて、それに対して考えながら情報を集めたり、実験したりして自分がこうかな? と思うことをどんどん検証していくプロセスがありますよね。そうして最後に出来上がったものを分かりやすい形で誰かにプレゼンして伝えるという一連のプロセスが、コンサルティングの企業の課題解決のプロセスに良く似ていると思います。研究だとひとつのプロジェクトに5〜6年、長いと10年以上もかかることがあるのですが、私はそうした課題解決のプロセスを短いサイクルでどんどんまわしていけるところにすごくわくわくしました。
あとは、中島研(現池田・倉田研)がインターナショナルな環境で、私も英語の論文を出したりしていたのでこれからもそういった環境で仕事したいと思ったのも、今の外資系企業を選んだ理由にありますね。
建築学生はプロジェクトベースの仕事が向いている?
—— 続いて大学時代のお話を伺いたいと思います。最初に京大の建築学科を選ばれた理由はどういったところだったのでしょうか?
佐藤—— あんまりこれといったものは無かったのですが、強いて言うなら高層ビルが好きでした。ニューヨークの高層ビル群とかわくわくするじゃないですか。あとは建築家の社会に与えるインパクトも大きいし、楽しそうやなと思っていました。ただ入学後は周りの学生の方が圧倒的に才能あるなと思ってしまって、自分は建築家ではないな、と。
—— 構造系を選ばれたのも同じ時期ですか?
佐藤—— そうですね。2回生の後半くらいですかね。研究室を決めたのは3回生のときに中島研に見学に行った際に「うわっこれ行きたい!」と思ったんですよ。留学生や海外から来ている研究員の方などいろんなタイプの人と喋ることが出来て、しかもゼミの発表が全部英語なので英語が使えるようになるかな、と。自分の意識高い波にスポッとはまったんですよね。
—— 先ほどのお話にもありましたけどいろんな人としゃべりたい、という点が意思決定で大きな部分を占めていますね。
佐藤—— そうですね。楽しいですし、いろんな人の考え方を知るのが好きなんですよ。
—— 大学院に進学されてからはいかがでしたか?
佐藤—— ほぼ研究に明け暮れていましたね。その合間になんとしても遊ぶというところは心がけていました。後輩と一緒に冬の金剛山登って頂上で踊ったのは今でも覚えていますね。あとは南米とか海外旅行によく行っていました。
—— 大学院での学びはどういったところに生きていますか?
佐藤—— さっき少し申し上げたように、研究室時代の問題解決の考え方などは、今の仕事にとても生きています。研究室では「結局何が知りたいのか」を突き詰めて考えて、それに必要なことだけを集めることを意識付けられました。この仕事はそうした考え方をしないと膨大な業務量をこなすことになってしまうのですが、おかげで効率的に仕事をこなせています。あとはプロジェクトベースの仕事なので、製図で直前に詰め込んでがんばった経験は精神的な部分につながっています。
—— 建築を学んできた人には、プロジェクト単位で集中して取り組むことが向いているのでしょうか。
佐藤—— そうですね、とても向いていると思いますよ。ルーティンワークで朝のこの時間にはこの仕事をするというような働き方よりは、数年とか数ヶ月とか、プロジェクト単位で毎回新しいことが出来る方が私個人としては楽しく感じます。毎回違った仕事内容で違った結果を出せるというのは、建築でもそうじゃないですか。
—— 建築もそうですね。1つのビルを作っていく流れはまさに“プロジェクトベース”ですね。
佐藤—— そう思います。例えば構造設計にしても、挑戦的な構造に取り組むような案件は、”プロジェクトベース”で進みますよね。
建築学科は入ってから好きなものを選べる環境がある
—— 最後に後輩にメッセージをお願いします。
佐藤—— 進路はフレキシブルなものだから、あまり考えすぎずに決めてしまっても良いと思います。建築ってあとからどんな修正でも効く、つぶしが効くじゃないですか。入学後も歴史系みたいな文科系に近い方向に踏み込むこともできるし、構造系でガリガリ数字追う事もできる。その一方でデザインに振り切ることもできる。他の学科では、ここまでの振り切りはないなって気がしています。そういう意味では自分が何やりたいか分かってなくても、一回入ってみて好きなものを選べる、かつその中で培ったことって他でもすごく生かせるんですよ。その後の進路も広がりはするけど狭まりはしない、というようなありがたい学科かなと思っています。
—— 理系で入ったのに歴史系に行くこともできるって、確かによく考えたらすごい学科ですよね。
佐藤—— そうそう。すごく面白い学科ですよね。
(インタビュー:2018年11月15日 株式会社ローランド・ベルガー 東京オフィスにて)