製図室考現学  ―設計作品が生まれる場所の人と空間のあわい―

1 はじめに

    京都大学工学部建築学科には各学年に対して製図室と呼ばれる部屋が設けられている。製図室は建築設計の課題のために用意された部屋で、図面や模型を作成するための工作室として使われている。設計演習を履修している学生は学期中24時間出入り自由となっており、1回生から一人一人に机が割り当てられている。このため、製図室は学生の居場所としても利用されており、四六時中入り浸る学生も多い。

 大半の学生は製図室で設計活動を行う。学期末になるとあちこちで展示される作品群は、ほぼすべて製図室が生み出したものである。ではそうした設計作品が生まれる場所としての製図室は、どのような空間で、どのような活動が行われているのだろうか。製図室にて設計課題に取り組んだ学生が後々建築の業務に携わり、未来の建築を生み出すことを踏まえるならば、製図室は現代建築の一つの源泉となる存在といっても過言ではない。製図室の空間と活動の実態解明は、学生の設計活動の実態を考えることにほかならず、ひいては現代建築の創造の源泉を探ることにもつながっていくものと考えられる。

 ここで、製図室の人と空間を考える上で注目できるのが考現学という手法である。考現学は民家や風俗を研究した今和次郎が戦前に提唱した学問で、徹底的な観察によって資料を採集することで、現代の人びとの営みを論じるものである(注1)。発掘によって得られた遺物をもとに昔のことを考える考古学に対向する意味をこめて、観察による採集をもとに現代のことを考える学問として考現学と名付けられた。考現学における観察と記録を重視する姿勢は空間の実態把握の上で重要であり、その手法は製図室の空間を知る上でも意味があるものだと考えられる。

 そこで本稿では、はじめに前提となる資料の概要について説明した上で、製図室の空間と活動の実態を検討し、建築設計における製図室の意義を考えるための土台を整備することを目的とする。なお、本稿では筆者のもつ資料の制約を踏まえ、2020年度入学世代における2回生製図室及び3回生製図室を中心にして検討を行うことにする。個別事象も適宜紹介しつつ、ゆるやかな論としてまとめてみたいと思う。

2 資料の概要

 製図室の空間や活動の記録として、筆者は2021年度末に「京都大学建築学科二回生製図室(2021年度)」という絵図を作成した。原図はA1のケント紙にペン及び色鉛筆で作図・着彩したもので、現在も筆者が所有している。

京都大学建築学科二回生製図室(2021年度)

 この絵図は2022年1月29日から2月4日にかけて作成されたものである。1月29日に製図室の実測を行い、基本的な寸法を把握した。その後、1月30日から2月1日にかけて、全席を撮影した写真資料をもとに下書きをした上で、各区画に本図を持参してその場で観察して細部を描写した。ペン入れの後、2月1日から2月4日にかけて、再び各区画に赴いて現物を確認しながら色鉛筆で着彩を行った。人物については普段から誰が来ていたのか各区画の人に聞き込みを行った上で描き込むこととした。また、どんな行動で図に描いてほしいか、普段どんな服を着ているのかについて、可能な限り本人や周囲の人に確認した上で作図を行った。

 また、絵図以外の記録として、筆者が日常的に作成している日記がある。日記には、当時の2回生製図室や3回生製図室の状況を示した図も掲載されており、絵図の内容を補うことができる。

 なお、以上の記録の作成背景としては、個人的な関心と義務感を挙げることができる。筆者は人と空間がいかに関わってきたのかという点に関心があり、人と空間が長期間に渡って密接に関連しあう製図室は観察対象として大変興味深いものであった。また、日本建築史を勉強する筆者にとっては、日ごろから過去を知ることの困難さを実感することが多々あったため、現代の世の中を記録して後世に残しておく義務感を感じていた。こうした興味関心から筆者は日記にて製図室での生活を個人的に記録しており、2回生の2021年度末の試験期間終了後に絵図の作成に取り掛かった次第である。

 以下では、2回生製図室の絵図を主体としつつ、適宜日記にて補うことで、製図室の空間と活動の実態について検討したいと思う。

3 製図室の空間

 本章では製図室の空間について分析を行う。空間については、物理的なものと認識的なものに分けることができる。まず、建築物によってつくられる物理的な空間がある。その上で、人は各空間に意味づけを与え、空間に対する安定したイメージを形成する(注2)。そこで本章では、初めに製図室の物理的な空間を示した上で、それに対してどのようなイメージが形成されているのかについて考えることにしたい。

 3-1 製図室の建築的な空間構成

 まずはじめに製図室の建築的な空間構成について考える。これについては街区>建築>家具のように空間を規定する物の規模によって分けることができる。以下では大きいものから順に確認を行っていくことにする。

 まず、製図室の立地について説明する。京都大学には鴨川の東側にある吉田キャンパス、桂の山の上にある桂キャンパス、宇治川沿いにある宇治キャンパスの主に3つのキャンパスが存在する。建築学科の学生は1回生から3回生までは吉田キャンパスに通い、4回生の研究室配属の後は多くの人が桂キャンパスに通う。このため、本稿で検討対象とした2回生製図室と3回生製図室はいずれも吉田キャンパスに立地している。吉田キャンパスの中央にあるのが時計台がある本部構内である。そして、建築学科が利用している建物は本部構内の北東に位置する総合9号館である。総合9号館は鉄筋コンクリート造の地上 4階地下 1階の建物で、2階に2回生製図室、3階に1回生製図室と3回生製図室、4階に講義室と設計作品の展示空間が設けられている。

総合9号館の立地と外観スケッチ
総合9号館の入口前には多くの自転車が停められている。時には玄関に到達するために自転車をかき分けて進まなくてはならない。あまりにも多くて苦情が来たこともある。学生ならきちんと駐輪場に停めるようにしたい。

 次に製図室の建築構成を確認したい。2回生製図室の平面図を示すと下図のようになる。部屋の面積は285㎡である。西側には総合9号館の主階段に面した入口が設けられ、反対側に裏口を設ける。北側は全面を窓として4席ごとの座席を配置し、南側は廊下の境に簡易的な間仕切り壁を設けて3席ごとの座席を配置する。座席は合計で85席となり、2回生の設計演習が必修科目であることに対応して学年全員が入れるようになっている。部屋の中央に「文化の壁」と呼ばれる壁があり、全体でみると回遊形の平面となる。「文化の壁」とは筆者が勝手に名付けたもので、設備機器を通す空間になっているようである。この壁があることにより製図室は空間的に分節され、共有空間として西と東にそれぞれ広場が形成されることになる。3回生製図室も基本的に2回生製図室と同じ平面構成だが、3回生の場合は設計演習が選択科目となっているため、北を3席、南を2席とすることで合計60席を設ける点が異なっている。

2回生製図室周辺の平面図
元々は研究室として各部屋にわかれていた建物を製図室に改装しているので、「文化の壁」の存在をはじめとして、入口扉と机が緩衝する問題があったりと、やや強引なまとめ方をしているところがみられる。
2回生製図室閉室直前の合成写真
写真は年度末の大掃除終了後の製図室を北東隅から撮影したものである。中央に黒板がある「文化の壁」があり、その南北に座席が設けられていることがわかる。学年が上がると部屋が変わるので、年度末になると物をすべて撤収することになる。毎年2月には綺麗に掃除をした上で、下回生に引渡しを行う。

 次に座席の構成について確認したい。座席は南北に仕切壁を通して机を並べる構成となっており、北側は3.6m×4.8mの区画に 8座席、南側は3.6m四方の区画に 6座席を置いている。机は幅1200mm×奥900mmの天板を引き出しの上に並べる仕組みとなっている。3回生の場合は座席数が少ないので、天板の大きさは幅1800mm×奥行900mmとやや2回生の机よりも大きくなっている。天板や引出はただ置いているだけなので、天板を壁に立てかけたりと自由に使うことが可能である。また、各区画は高さ1191mmの仕切り壁によって囲まれている。この高さによって、座席に座っていると前は壁しか見えないが、背を伸ばしたり立ったりすると向こう側が見えるという具合になっている。

机の立面図
机の周りにはスタイロフォーム等の材料やスタディ模型、展示台、鞄などの物が溢れていた。鞄については土足の床の上に直接置くのは褒められた行為といえないので真似しないようにしたい。図中の左の人が着ている青い上着は学園祭のために準備したパーカーである。当の学園祭はコロナで開催されれなかったが、普段使いする人も多かった。
2回生製図室の机まわりの写真
左写真の奥の机は筆者が利用していたもので、天板と引出を移動させることで壁際に独立した机にしている。

 以上をまとめると、製図室の空間は、東の広場と西の広場が2つの通路によって接続した上で、通路に紐づいて各区画が並び、各区画に接して各自の机が並ぶ構成になっているといえる。製図室は全体としては一室の大部屋だが、詳細に見ると緩やかな空間分節によって個別の空間に分けられていることがわかる。これを図示すると下図のようになる。

製図室の空間構成
図は東を上にしたもので、丸囲みは広場、線は通路、点は席を表している。各区画の定まった呼び名が存在しないので、本稿では便宜的に西から順に数字を割り振って示すことにした。

3-2 空間の性格

 次に製図室の各空間に与えられたイメージについて検討する。まず、筆者の日記における個人的なイメージを紹介した上で、実際に製図室に置かれた物からおおよその対応関係を確認する。その上で、空間のイメージが形成される背景について、人と空間の両方から分析を行うことにしたい。

3-2-1 空間の性格

 筆者の日記には2回生製図室に対する印象が掲載されている。これによると、東側一帯が「大交流」とされ、付近には「なんかすごいところ」、「こい」(濃い?)などと記入されている。西側入口付近については、「さわやかな感じ」、「わりと静か」と記す。また、南側中央付近を「もりあがるところ」と説明する。そして、文章の端には「全体的にみると、入口からおくにいくにしたがって、汚くなって、にぎやかになっていく、かってなイメージ」と走り書きをしている。

2回生製図室の印象(日記2021年11月25日)

 また、3回生製図室に対する印象も掲載されている。東側一帯が「人がいつもいる・首都」「副首都」とされ、その他「人が集まる・第ニの首都」「自治都市」などのイメージを記している。全体的には西と東の空間を陰と陽に対比させている。

3回生製図室の印象(日記2022年4月29日)

 以上の記述はあくまでもある世代における一学生の個人的な印象に過ぎないものの、各空間が個性的な性格を持ち、2回生・3回生製図室ともに東の方が賑やかで中心的存在になる傾向があったことを示唆している。

 それでは、実際の空間はどのようなものであっただろうか。前章では製図室は回遊型平面となっており、東西の2つの広場を核として各区画が連なっていることを確認した。以下、東西の広場と各区画について、年度末に置かれている物や日記の記録からその性格を探ってみる。

 まず、西の広場について確認する。2回生製図室における西の広場には、掃除用具入れ、共用物を置くスチール棚、ゴミ出し前のゴミ袋が置かれている。一方で比較的掃除が行き届いており、材料等の私物のあふれ出しは少ない。ここで、掃除用具やスチール棚の共用物は大学側が用意したものであり、ゴミ袋は製図室外に出すための物である。したがって、西の広場にある物はいずれも製図室の外部と関係を持った物であることがわかる。こうした物からは、西の広場が製図室の入口として、内外を隔てる緩衝地帯的な役割を持っていたことを示唆している。実際に、西の広場は製図室に入室したときにまず足を踏み入れる場所であり、廊下を通行する非関係者の視線も入る空間であった。このように、西の広場は製図室の内外を隔てる緩衝地帯として表玄関ともいうべき性格を持っていたことがわかる。

西の広場の絵図と写真
掃除用具入れ・共用物のスチール棚・ゴミ袋などが置かれており、私物のあふれ出しは少ない。

 次に東の広場について確認する。絵図や写真から2021年度末の2回生製図室の状況を見ると、主要な物として、コピー機と賽銭箱が置かれていることがわかる。コピー機は学生有志がお金を出しあって購入したものであり、賽銭箱のお金についても寄付やコピー機の利益で生じた学年の予算となるものである。すなわち、いずれも学生の主体的活動の産物であることがわかる。また、全体に渡って私物やゴミがいたるところにあふれ出しており、様々な材料や展示台や切り屑などによって混沌とした状況を呈している。こうした物からは、東の広場が学生たちにとって内的な性格が強い場所であったことを示唆している。実際に東の広場は西側にある入口から遠く離れたところにあり、入口からの視線も通らない奥まった空間であった。このように東の広場は内的な性格が強い空間であり、主体的活動とも関連した場所であったことがわかる。

東の広場の絵図と写真
学生が購入したコピー機と賽銭箱が置かれており、材料・展示台・切り屑などが散乱している。

 さらに、各区画の性格について簡単に検討する。ここでは代表的な区画をいくつか取り上げてその性格を概観してみたい。まず、製図室の中でも特徴的なのが、南6の区画周辺である。南6は東の広場に隣接する区画で、非常に散らかっている。絵図や写真などでもゴミや材料や模型があちこちに散乱している状況を見ることができる。

南6の区画の絵図と写真
東の広場に隣接する区画で、大変散らかっている。

 一方で、西の広場に面する空間はあふれ出しも少なく、比較的掃除がされているようである。特に北2の区画は比較的綺麗である様子が絵図や写真からわかる。

北2の区画の絵図と写真
入口に近い西の広場に面しており、掃除がされていてほとんどゴミが落ちていない。掃除用具入れからも近い。

 また、北3の区画も比較的綺麗な状態である。この区画はほとんど人が来ることがなかったようで、絵図には人が記されていない。しかし、絵図によると人が集まって試験勉強をする場所になっていたようである。

北3の区画の絵図と写真
ほとんど人が来ないため、大変綺麗な状態になっている。期末試験が近づくと普段製図室に来ない人がこの区画に集まって勉強をしていた。

 北6の区画について絵図には「製図室の首都」といったコメントが記されており、描かれる人数が5人と各区画の中では最も多い。この区画には多くの人が集まって活発な活動が行われていたことがうかがえる。

北6の区画の絵図と写真
「製図室の首都」とされる区画で多くの人がいる。

 このように、各区画は、乱雑な区画、綺麗な区画、人が来ない区画、活発な区画、など、その区画ごとの構成員に応じて異なった場所となっていたことがわかる。

 以上、物と人の観点から製図室の各空間の性格について検討を行った。2020年度入学世代における製図室では、全体的にみると東側の方が乱雑で賑やかな傾向がありつつも、各空間がそれぞれ個別の性格を持っていたことを伺うことができる。こうした状況は、日記に記された個人的印象をある程度裏付けているといえるだろう。

3-2-2 空間の性格の背景

 前項では東側の方が乱雑で賑やかな傾向があったと述べた。ではなぜこのような傾向が生じたのだろうか。本項では予想できる背景として人と空間の両方から検討することとしたい。

 まず、人について設計演習への参加度という観点からその分布を考えてみたい。前述したように2回生では全員が設計演習を履修することが必須となっているが、設計演習にどの程度力を入れるかは各自の判断に任されている。こうした各人の設計演習への参加度の分布は空間の性格とも関係していることが予想できる。参加度について一定の評価を与えることは困難だが、ここでは1つの指標として上回生における設計演習履修状況から検討を行うこととしたい。上回生における履修状況は必ずしも下回生時における設計演習参加度を示すとは限らないものの、一定の相関関係のもとにあると考えられる。そこで、2回生製図室と3回生製図室における上回生時の設計演習履修状況を示した分布を図示すると以下のようになる。

2020年度入学世代における上回生時の設計演習履修状況
左が2回生製図室、右が3回生製図室である。黄色が3回生前期も設計演習を履修した人、赤色が4回生前期も設計演習を履修した人である。各区画の数字はおおよその履修人数の目安を示したものであり、3回生前期の履修人数と4回生前期の履修人数それぞれを0.5及び1で重み付けをした上で和をとったものである。なお、4回生前期に設計演習を履修している人はほぼ3回生前期の設計演習も履修している。作成にあたっては、2020年度入学世代のLINEグループにて共有されている製図室座席表を参考にした。

 この図をみると、上回生において設計演習を履修する人が全体に渡って分布していることが読み取れる。2回生製図室の席順は名字の五十音によって決定されており、各人の熱意や友人関係とは無関係に生じた分布である。しかし、各区画ごとの人数を詳細に確認すると、東側の方ほど上回生履修の割合が高いことがわかる。最も履修する人数が多いのは北6の区画であり、8人中6人が4回生前期のスタジオ課題を行っている。前述したようにこの区画は絵図の中で「製図室の首都」とされており、実態としてそうした状況があったことを裏付けている。また、各自が好きな席へと席替えを行った3回生製図室の状態でも同様の傾向を観察できる。全体的に東側かつ北側ほど4回生時の設計演習履修率が高く、前述の北6の区画では6人全員が4回生前期のスタジオ課題を行っている。こうした分布は、東側の方が設計演習に力を入れる人が比較的多い状態にあったことを示唆している。そして、そのことが東側の乱雑さや賑やかさと関連している可能性を推測することができる。

 また、空間的にみると、東側の空間は入口とは正反対の位置にある。入口から遠いということは、外部から離れているということである。製図室には「文化の壁」があるので、ただ離れているというだけでなく、東側は入口扉から見通すことはできない独立した空間になっているとみなせる。そして、こうした状況は東側における内的性格を高めているものと考えられる。すなわち、奥にある東側は外部に気を使わなければならない西側とは違って心理的自由度が高く、乱雑にしたり賑やかにできる余地があるものと考えられる。実際に、日本の住宅においては入口から遠いほうを「奥」や「ケ」と称して屋敷主やその家族の私的な領域となることが一般的である。このように、東側における入口からの遠さという性質が、乱雑さや賑やかさとも関係していることを想定することができる。

 以上のように、東のほうが乱雑で賑やかな傾向がある背景として、人によるものや空間によるものなどを考えることができる。熱意がある人が偶然集まったから賑やかなのか、賑やかになりやすい余地があるから熱意を持つに至ったのかなど、人と空間の持つ構造はなお明らかにしがたい面がある。しかし、以上の検討を通して、人と空間とが相互に関係性を持つことで各空間に異なる性格が与えられていく状況をある程度推測することができる。

4 製図室の活動

 前章では空間についての分析を行った。それではこうした空間を持つ製図室の中で実際にどのような活動が展開されていたのだろうか。製図室での活動の代表的なものとして、設計演習の作業といった個人的な活動が挙げられる。これは製図室の存在意義であり、第一義的な活動だといえる。一方で製図室は学生たちが集まる場所として様々な交流が行われており、そこに製図室の魅力があるといっても過言ではない。そこで本章では、個人的な活動と他者との交流それぞれについて検討を行うことで、製図室での活動の全体像を描くことにしたい。

4-1 個人的な活動

まず、個人的な活動として、絵図に描かれる活動を適宜例示してみたのが下図である。パソコンでの製図やCGの制作、模型制作、勉強、読書など、様々な活動が行われていることがわかる。

製図室で行われる様々な活動

 製図室は設計演習に伴う作業を行う場所であり、授業課題などの勉強を行う場所であり、趣味などの私的活動も行うことのできる場所であった。また、学生の中には毎日夜まで通う人も多く、製図室が学生の居場所として利用されていた状況を伺うことができる。

 ではこうした製図室の居場所としての性格は、どのような空間と対応しているだろうか。ここで製図室の机について確認すると、机は個人に割り当てられた専用の机であり、ただ居るということが制度的に保障されている状態であったことがわかる。また、引出などの私物を入れる場所も備えられ、各座席に個別のコンセントが設置されていたりと、個人が長期間滞在できる環境が整えられている状況が観察できる。さらに、仕切り壁によって空間が仕切られており、机の向きも背中合わせとなっていて、誰かの視線を気にすることもなく比較的安心感も得やすい環境であるともいえる。このように、製図室には制度、設備、心理などの諸点において個人が経時的に居ることのできる環境が整えられており、そのことが前述したような居場所としての性格を導いているものと考えられる。

4-2 他者との交流

 製図室は一義的には設計製図を行う部屋だが、単なる作業場ではなかった。同じ目的を共有する学生が集まって作業する場であり、必然的に交流が行われる場所であった。そして、このことが自宅での作業では得られない製図室の特色かつ魅力となっている。それでは、実態としてはどのようにして交流が行われていたのだろうか。そこで本節では、お互いの間接的認知、直接的認知、会話、共同作業というように交流の程度に応じて4段階に区分し、それぞれについて日記にみえる記録をもとに概観することにする。

4-2-1 お互いの間接的認知

 製図室には大量の物が置かれている。こうした私物はその持ち主の行為や行動を示している。例えば、模型が置いてあれば、その人がどのような設計をしているのかを想像することができる。ほかにも、物の配置からはその人の性格を、模型や図面の存在からは設計の進捗状況を、卓上の本からはその人の関心を知ることができる。このように、卓上の私物というものは実に雄弁に語るコミュニケーション手段だといえる。絵図にて示したように製図室にいることは多くの物に囲まれて過ごすことにほかならず、物を媒介とした間接的認知が常に発生している状態であることがわかる。

4-2-2 お互いの直接的認知

 製図室は同じ空間で作業をすることによって、直接的にお互いを認知しあう状態になることも多い。まず、1日を通して具体的にどのような人の出入りがあったかを確認するため、例として2021年12月18日の2回生製図室と2022年4月23日の3回生製図室の状況を確認してみることにしたい(注3)。

2021年12月18日における人の動き
午前中は1人だけであったが、昼頃と午後に隣の2人が来て、3人並んで作業を行っていた。
2022年4月23日における人の動き
食事時を除いて常に誰かがいる状態であった。

 上の図はいずれも1か月半程の設計課題のうちの中盤の休日である。図に示したように食事時を除けば朝から夜まで常に人がいる状態であることがわかる。また、前述したように同様の事例は2022年5月5日の条にも描写されている。もちろんこれらの事例はある意味で特徴的な事例でもあり、ほとんど製図室に人がいない日もある。例えば設計演習がまだ始まっていない2022年4月10日の昼間の事例では、筆者を含めて2人しか製図室に来ていない。また、絵図に記されている通り、設計演習課題終了直後は無人となる場合もある。それでも、前述したように製図室に毎日通う人も多く、基本的には常に誰かがいる状態であったといえる。

3回生製図室開室直後における製図室の状況(2022年4月10日)
開室直後はまだ設計演習も始まっておらず、来る人は少ない。本を読んだり、コンペの設計をしたりと各自が私的な活動をしている。

 同じ空間を共有することは、お互いの様子が見えたり、話している人の声が聞こえたりする状況につながる。このため、たとえ会話がなかったとしても、相手がどんなことをしているのか、どんな人なのかが何となくわかる。このように、製図室では、お互いの存在による直接的な認知が常日頃から生じる状態であったことがわかる。

隣り合う席でそれぞれの作業をする人たち(2022年1月6日)

4-2-3 会話

 製図室は会話を通した直接的なコミュニケーションが行われる場所でもある。軽い立ち話や座っての議論など、日々積もったり積もらなかったりする話が行われる。それはお互いの作品批評であったり、全く関係ない話であったりする。特にエスキスと呼ばれる作品講評の終了後には、先生からの指摘を受けて活発な議論が行われる場合が多い。このような会話が発生している状況の事例をいくつか示すと次のようになる。

年末の最後のエスキスが終了した後に、北2の区画に外から4人の学生が来て話をしている状態である。図中左側の5人は同じ建築家の先生に作品を見てもらっており、その日の先生からの指摘に対して議論をしている。(2021年12月27日)
筆者が授業から帰ってきたときに生じた会話である。設計演習の成果物の制作について雑談している。模型の中心に据えるために鴨川から石を拾ってきたという。横の2人は共通の趣味について話し込んでいる。(2022年1月6日)
2回生製図室大掃除終了後に生じた大勢での会話である。区画の仕切りをまたぐようにして会話が行われることは珍しい。(2022年2月20日)
設計では基本的に何をどう設計したらいいのかよくわからないことが大半である。図では塔という構成要素に対してどのように意味づけするべきかを議論をしている。(2022年5月3日)
製図室では数人が集まってお互いの机にいって相互批評を行うことがある。左図は友人の机にてスタディ模型を見せてもらっているところで、右図は筆者の机にて図面を批評してもらっている状況である。(2022年5月3日)

 また、2022年4月22日には会話成立状況の流れが示されている。これは、3回生製図室において西の広場に接する筆者の机において偶然発生した会話である。はじめは人と2人でお互いの設計について議論していたところ、入口付近に座席を持つ人が話の輪に入り、さらに帰ろうと通りがかった人が話の輪に加わっている。

2022年4月22日における会話成立状況。設計演習の議論から徐々に人が加わり、互いの近況の話へと展開していった。

 さらに、学生どうしの交流とは性質が異なるものの、製図室にて先生からの設計作品の批評をしてもらうこともある。これは週1回開催されるもので、建築学科ではエスキスと呼ばれている。エスキスは製図室以外の部屋で行われることが一般的だが、課題によっては製図室で行われる。下図は2022年4月24日における3回生前期博物館課題のエスキスを描いたものである。3回生製図室の共用区画に建築家の先生、学生、ティーチングアシスタントの大学院生が座り、その周りを学生たちが取り囲んで話を聞いている様子が示されている。

3回生製図室の共有の区画(南2)でエスキスをする様子(2022年4月24日)

 以上のように、製図室では日常的に会話が行われており、設計の議論から趣味の話まで、様々な会話が行われていたことがわかる。

4-2-4 共同作業

 製図室では会話よりも一歩進んだ交流として、お互いの設計や勉強に対して直接関与することもある。その代表事例がお手伝いである。設計作品では建築模型やプレゼンボードなどの様々な物を提出する必要がある。こうした退出物は設計を決めた後の最後の短期間で制作しなければならないため、学年が上がるにつれて製図室に友人や後輩を呼んで手伝ってもらう人も多くなる。また、学生の中にはいわゆるコンペといわれる設計競技を共同で取り組む人たちもいる。このため、製図室内でもコンペの打ち合わせや作業を行う状況を見ることができる場合がある。さらに期末試験の前になると、集まって試験勉強が行われることも多い。このように、製図室では様々な共同作業の場としても利用されていることがわかる。

製図室で集まって勉強をしている様子(2022年1月7日)

4-2-5 交流の空間的背景

 以上では、製図室において各段階の交流が生まれていることを示した。では、こうした交流の発生は製図室の空間構成とどのように対応しているのだろうか。ここで、空間構成をもう一度確認すると、製図室は基本的に大部屋形式の一体的な空間であることがわかる。「文化の壁」によって分断されてはいても、遠くの人の話声が自然と耳に入ってくる状態であり、座席に座っていても背を伸ばせば向こう側を見ることができた。したがって、お互いの間接的かつ直接的な認知が生じやすい状況になっていたといえる。そして、こうした認知を経ることで会話や共同作業といったより高次の交流が導かれるものと考えられる。前述した2022年4月22日の会話成立状況でも、話をしている人たちのことを偶然認知した人が会話の輪に加わることで話が広がっていた様子が描かれている。このように、製図室は基本的に一体的な空間であり、そのことが学生どうしの交流を自然と導く構成になっていた可能性を指摘することができる。

5 おわりに 

 本稿では、製図室の空間について考現学的観点に立ってその空間と活動の実態を解明することを試みた。まず、空間的にみると、基本的には大部屋形式だが、大小の空間分節によって多様な場が存在することを示した。次に、東側の方が乱雑で賑やかな傾向がありつつも、各空間がそれぞれ個別の性格を持っていたことを指摘した。その上で、こうした空間を持つ製図室の中では、個人の居場所が確保される一方で学生どうしの交流も自然と生まれている状況があることを述べた。このように考えると、作品制作における製図室の意義とは、個人の居場所でありつつも学生どうしの交流も同時に生じる状態が空間的に整えられていたことと、実態としてもそうなっていたことにあるのかもしれない。製図室とは学生たちが相互に関係性を持つなかでそれぞれの設計作品を創造する空間であり、そして、これからの建築の源泉となる場所なのである。

注釈

  1. 今和次郎、吉田謙吉『モデルノロヂオ  考現学』(春陽堂、1930年)
  2. クリスチャン・ノルベルグ=シュルツは空間について5つの概念があることを指摘した上で、空間に与えられた比較的安定的なイメージを実存的空間と呼んで詳しく論じている。本稿での議論もそこでの整理の枠組みを参考にした。(C・ノルベルグ=シュルツ『実存・空間・建築』(加藤邦男訳、⿅島出版会、1973年))
  3. 本稿では日記の画像を掲載するにあたり、個人名の一部消去などの修正を行った。