毎年、個性豊かな力作が並ぶ4回生のスタジオ課題。多くの設計課題で個人ワークが基本とされる中、柳沢スタジオでは都市アーキビスト会議(IoUA)への参加を兼ね、他研究室の希望者も含めた2~5名程度のグループでリサーチを踏まえた設計に取り組んでいます。今回の記事では、2022年の柳沢スタジオを例に、設計を進化させるリサーチについてお伝えします。
Step1 テーマの設定
本題に入る前にIoUAについて簡単にご紹介します。IoUAとは、関西を中心に複数の研究室が集い、交流を行いながら都市のリサーチと設計に取り組むインターカレッジ・スタジオです。毎年ひとつのテーマが設定され、参加チームは独自の視点でそのテーマを深めていきます。
2022年は、柳沢研究室の4回生2名が「アフターコロナのステイ」というテーマに挑戦しました。一言で「ステイ」といっても、ホテルや旅館、宿泊サブスクリプション、簡易宿所、別荘など、様々な切り口が考えられます。ゼミでのブレインストーミングの結果、柳沢スタジオでは「ワーケーション」を深掘りすることになりました。
Step2 調査対象の絞り込み
切り口が決まったところで、リサーチがスタートします。まずは、ワーケーションの定義を調べ、関連する事例を時系列に沿って整理していきます。ワーケーションとは、WorkとVacationを掛け合わせた造語で、普段の仕事場を離れ、旅行先で休暇を楽しみながら働くことを意味します。とはいえ、働きながら休暇を楽しむことができるのか、概念は理解できても半信半疑の状態です。そこで、ワーケーションの概念を実感を持って理解するために京都市下京区の菊浜にあるUNKNOWN KYOTOにて一泊二日のワーケーション体験を行いました。
菊浜は、五条通りと七条通りの間、高瀬川が中央を流れる地域です。柳沢研究室では、卒業論文・修士論文の執筆に加え、地域の魅力を伝える「菊浜トコとこマップ」の作成、高瀬川の清掃活動への参加など、この地域との関わりを大切にしてきました。今回宿泊したUNKNOWN KYOTOは、築100年を超える明治期の元遊郭建築を改修し、約10室の客室に加えてコワーキングスペースやシェアキッチンを併設する宿泊施設です。タイルや手すり、長い廊下など、その独特な空間を堪能しつつ、しっかりと調査も進めました。京都市内にある全てのワーケーション施設*をリストアップし、分類していきます。この分類をもとに、調査適正と設計応用性の観点からフィールドワークを行う施設を絞り込みます。非日常の空間で気もそぞろになるかと思いきや、作業ははかどり、ワーケーションにはそれを構成する鍵となる要素がいくつかあることと、その要素を捉えることでより地域の特徴を活かした提案を行える可能性が見えてきました。
*ワーケーション施設:既存の宿泊施設の機能を一部変更したものを含む。
Step3 フィールドワーク
ワーケーションの魅力を実感し、具体的な調査対象を絞り込んだところで、次はフィールドワークに向かいます。京都市内の5つのワーケーション施設で、空間構成や人のふるまいを記録しました。さらに、利用者や施設運営者を対象にインタビューも行いました。
リサーチの結果、宿泊施設におけるワークスペースは、客室レベルの小さなものからフロントに併設される広々としたものまで様々な形態があり、宿泊者はそれらを目的に合わせて活用していることが分かりました。さらに、地上階に設けられたワークスペースの短時間利用を可能にするなど、利用者を宿泊者に限定しない試みも見られました。ワークスペースの登場によって、宿泊施設はまちに開かれた居場所のひとつとなります。これまで外に対して閉ざされることの多かった宿泊施設が、まちとの関係を築き始めた兆しと言えそうです。
また、ワーケーションは仕事と観光に生活を加えた3つの要素が混じり合う、地域に開かれた宿泊形態であり、滞在地は観光地に限定されません。滞在の仕方には地域性との関連からもバリエーションが見られ、地域住民との距離感など、繊細な配慮が必要となる一方で、地域に根ざした滞在が宿泊者の再訪につながることも期待できます。
Step4 抽象化
ワーケーションというテーマに関するリサーチが一段落したところで、リサーチで得た膨大な情報を整理し、扱いやすい形に落とし込む抽象化を行います。
リサーチの区切りごとに、図や表などを用いて出来るだけシンプルに表現します。今回は、リサーチで見出した「地域性」というキーワードとワーケーションの3要素の関係を整理した表を作成しました。
ここからは具体的な敷地を設定し、設計の手掛かりを得るためのリサーチに移ります。
Step5 敷地の設定・インタビュー
前半のリサーチ結果を活かすことを前提として設計の対象地域を決定します。その立地の良さから観光・開発の波を受け、生活の場としてのまちの在り方が揺らいでいる菊浜で、そのまちで暮らすように滞在する「生活型」のワーケーションを提案したいと考えました。
まちを歩いてその特徴や課題を捉えたうえで、菊浜におけるワーケーションの現状を知るためにUNKNOWN KYOTOの設立者である近藤淳也さん(株式会社OND代表取締役社長)にインタビューを依頼しました。事前に関連する情報を集め、質問したい内容を整理して臨みました。UNKNOWN KYOTO設立の背景や運営の工夫など、たくさんのお話を伺う中で特に印象的だったのが、地元の人との距離感と今後の展望です。
近藤さんは、高瀬川の清掃や盆踊りなど、地元の人をつなぐ活動をしている方と出会い、その輪に巻き込んでもらう形で地域との関係性を少しずつ作っていったそうです。地元説明会での懸念点の解消に加え、一般開業前に地元の人向けの見学会やお食事会も開催しました。地域に愛される場所となるよう丁寧な取り組みを続けた結果、開業後も併設のレストランにお昼を食べに来る地元の人の姿が。
多様性が維持されつつ、まちの人を尊重しながら新しいことをやる人が増えて、面白いことが起こってほしい。少しずつお店ができ、面での広がりが生まれつつあるのが面白い。
2022/05/17 近藤淳也さんインタビューより
近藤さんのお話から、地元の人の生活が入り込む余地を持った小さな点としてのワーケーション施設がつながり、まちの中に広がりを持って溶け込んでいくイメージが生まれました。そのイメージに合う敷地として、異なる特徴を持った4つの空地を選びました。
Step6 グループ設計
ようやく敷地が決まり、設計に入ります。
リサーチに力を入れた際に起こりがちなこととして、リサーチ結果に縛られすぎてしまい、設計の魅力が薄れてしまうことがあります。それを回避するために欠かせないのが、飛躍を恐れずに手を動かし、発見的に自分たちの設計を理解していくことです。リサーチを無視するのではなく、せっかく築いた足場を活用してより高いレベルの設計を目指します。
今回は、まちを歩いて採取した菊浜の建築的な特徴を4つの敷地に割り当てるのと同時に、Pinterestなどの画像検索サイトを活用して直感的によいと感じる画像を集め、なぜその画像に惹かれるのか、リサーチ結果を参照しつつグループで議論し、言語化していきました。
設計の核となる「敷地・建築的特徴・画像」のセットを組み終えたら、メインで担当する敷地を割り振り、メンバーそれぞれが設計を進めます。ある程度形が出来たところで他のメンバーの意見をもらい、改善するという行程を繰り返し、互いに学び合いながら完成を目指します。
Step7 完成
長い道のりを経て、既存のまちの要素を取り入れた4つのワーケーション施設の提案が完成しました。綿密なリサーチを行ったことで提案の説得力が増し、IoUAの最終カンファレンスでは優秀賞を受賞することが出来ました。
ここまで、実際のスタジオ課題の流れに沿って、設計を支えるリサーチについてお伝えしました。正解がない中で、どう考え、つくるのか。その小さなヒントになればと思います。
2022年度の成果は、traverse23の記事でもご覧頂けます。
P.S. 柳沢スタジオでは2023年も引き続きIoUAに参加し、4人のメンバーが「商店街」をテーマに提案を行いました。
2023年 他大学との交流、盛り上がっています。
(写真撮影:柳沢スタジオ)