2024年3月卒、卒業研究座談会

京大建築では4回生の最後に卒業研究(論文または設計)の提出が課されます。提出後、構造系、計画系、環境系、卒業設計の分野ごとに発表が行われ、優れた研究に表彰がなされます。

しかし研究の対象や手法は分野ごとに違いがあり、実験や解析、フィールドワークやアンケート調査、文献研究、図面や模型の制作など取り組み方はさまざまです。各分野でどのような研究がなされているのか。その観点とは。2023年度に卒業研究を行い、各分野で表彰を受けた4人に話を聞きました。

(収録:2024年5月23日、京大桂キャンパスC-2棟 ゼミ室にて。進行:安田助教、編集平塚)

トップ画像引用元(部分):御本丸御表方惣絵図(東京都立図書館デジタルアーカイブより転載)

話を聞いた人

奥川凜太朗[構造系]

丸山・西嶋研究室(建築風工学)M1。卒業論文「建築物外皮を構成するガラスの応答性を用いた風圧実測手法の提案」で日比忠彦賞を受賞

樋田蓮[計画系]

冨島・岩本研究室(建築史学)M1。卒業論文「近世初期における対面空間の変容― 聚楽第新御殿をめぐって―」で森田慶一賞を受賞

近藤花野美[環境系]

小椋・伊庭研究室(生活空間環境制御学)M1。卒業論文「法隆寺金堂収蔵庫における壁画の保存・公開に関する研究ーカビ発生抑制を目的とした収蔵庫中央室高湿部位の相対湿度低減方法の検討ー」で前田敏男賞を受賞

根城颯介[卒業設計]

小見山研究室(生活空間設計学)M1。卒業設計「明日の記念碑」で武田五一賞を受賞

研究テーマは、どう選ぶのか

——卒業研究はテーマ選びに悩まれる方も多いと聞きます。みなさんどのようにテーマを選ばれたのでしょうか?

樋田 この時代(安土桃山〜江戸初期)が好きで特にお城の建築に興味がありました。はじめは天守などを扱いたいと考えていましたが、なかなか研究に発展しにくいところがあり、御殿を調べてみたところ非常に面白かったので、テーマに選びました。

奥川 指導教員の西嶋先生が一昨年度にはじめたテーマで、僕が研究を始める前までは実験による検討に留まっていて理論化までは進んでいなかったんですね。そこで歪みの変化量から風圧の値を推定する理論的な式をつくり、それをいかに実装するかという部分が、僕のオリジナルの研究になります。

奥川さんの研究。建物に作用する風圧力の評価は、縮尺模型を用いた風洞実験に頼ることも多い。そこで実験結果の妥当性を検証するための実測データの充実を目指し、現状ハードルの高い実際の建物での風圧実測を、容易に行うことができる手法を提案することを目的に設定。「ひずみゲージ」というセンサーをガラス(複層ガラス)に設置し、計測したガラスの歪み変化量に基づいて風圧を推定する手法を提案した。小型圧力箱を用いて実環境を模擬し、ガラスに風圧を模した圧力をかけて計測を行い提案手法の妥当性を検証した。

近藤 私も先生方からいただいたいくつかの提案の中から選んだのですが、法隆寺金堂収蔵庫の壁画は本当に貴重なもので、それを扱えるということと、空間の温湿度の解析に関心があったので、このテーマを選んだという流れです。

根城 取り組み始めたのは後期に入ってからで、しかも11月の中間発表くらいまでは、すごく迷走していました。迷ったのは卒業設計というのは問いを立てることが重要だと考えていたからなんですが、あるとき自分の原点、出身地の北海道で何か考えたいと思ってこの塔のことを思い出し、解体が進んでいることと複雑な歴史が潜んでいることもわかり、自分がやらなきゃいけないのではないかとテーマに決めました。年明けに札幌中心部にかつて川が流れていたことに気づいて、そこから16の個々のモニュメントの設計を考えはじめ、2月に入ってからも設計を直したり、ギリギリまで考えていた感じです。

——根城さんは、テーマの決定を粘られた感じですね。みなさんのスケジュールはいかがでしたか?

近藤 私は7月初頭にテーマを決めて研究を進めていき、後期の間に5、6回ほどゼミ発表をして、それとは別に先生と打ち合わせしながら研究を進めていくという流れでした。

樋田 僕も5、6月頃のゼミでテーマを決めました。前期から夏休みにかけて史料を読み、10月くらいから書き始め、年末で本格的に書き、1月に先生に添削していただいて、提出という進め方でした。

奥川 実験室が工事で閉まってしまうという事情があったので、理論が組み上がっていない中でひとまず早めに必要そうなデータを取りました。理論の組み立て自体には夏から動いたのですが年明けまでかかり、結局データが足りなくて、提出2週間前の1月に実験して、1週間で解析し、1週間で論文を書いて最後に全部詰め込んでなんとかしたという感じでした。

研究の苦労と、それを乗り越えた後に見えてくるもの

——紆余曲折があった方もいるようですね。それぞれスケジュールや取り組み方が違うなかで、特に大変だったこととはなんですか?

奥川 僕の場合は、式を取り出すときに近似操作をかなり用いていて、どの近似が適切なのか、どの数値をどこまで無視するかの考察に時間がかかりました。最終的には非線形なんですけど、そこそこきれいな式にはしましたが。

近藤 私は解析と実測値がなかなか合わなくて、卒論の段階ではそこで終わってしまったんです。でも提出した後に行った解析で温度分布が実情に近づいて、そのときはすごくテンションがあがりました。

奥川 それ、すごくわかります。間違いを修正しては実装して……と繰り返していって、腑に落ちる結果が出るとなんかもう、叫びたくなる(笑)。解析は、そこも面白いですよね。

根城 できあがった式は、シンプルなんですね。僕は樋田くんの研究が、どういう資料から当時の儀礼を調べたのかな、というのが気になりました。

樋田 ひたすら日記を読む感じです。基本的には活字化されているものが大半で、主に公家・寺家の日記や宣教師の記録などが対象です。宣教師の記録はポルトガル語なので直接は扱えず、和訳を使って読んだりしました。

——どのくらい読むんですか?

樋田 とにかくこの時代の京都周辺について書かれた史料を全部読もうと考えました。京大の図書館や、4階の書庫(=樋田さんが所属する研究室が管理する書庫。桂キャンパスC2棟にある)にあるものです。史料を読むことは好きだったので、3回生くらいから読んでいました。

——文献研究は「一人で黙々と深めていく」イメージもあるんですが、テンションがあがる瞬間というのは、どんなときですか?

樋田 史料を見て自分の興味や仮説につながる記述があると感動するし面白いです。あとは今まで考えていたことががらっと変わるときですね。いまは住宅の歴史を研究しているんですが、もう確立されているように見える分野でも、教科書を書き直さないといけないくらいの問題もあったり、広大な水平線が広がっているように感じます。前近代の日本ではそもそも「建築」という概念がそもそもなかったりと、いま我々が当たり前だと思っていることが、まったく当たり前ではないということが普通にあるので。

——なるほど、ロマンが広がっている。一方で卒業設計だと、労力がかかって大変だと避けてしまう学生もいます。根城さんはそこをどう乗り越えたんですか?

根城 僕は卒業設計で徹夜はしてないんです。正確に言うと最終日だけ徹夜しましたが、ちゃんと寝ることを大事にしてて、お手伝いで後輩を呼ぶみたいな文化も”ホワイト”にしようとマネジメントというんでしょうか、きちんとスケジュールを組めば無理なくできるはずだと意識して、進めました。

根城さんの卒業設計「明日の記念碑」展示風景。桂キャンパスC2棟3階エレベーターホールを使い、回遊できるように図面と模型を置き、中央に敷地模型を設置するという展示デザインも含めて作品として完成させたという

それぞれのバックグラウンド

——そもそもみなさんは入学前にどういうイメージを抱いて京大建築に来られたのか、そしてこの分野の研究に取り組もうと決めた理由を教えてください。

奥川 理数系の分野で、一番いろいろなことができると先輩が教えてくれたのが建築だったんです。やりたいことが決まっていなかったので、選択肢が広いほうがいいだろうと選びました。研究分野の選択理由としては、西嶋先生の授業が面白かったというのが1つ。あとは高校時代の考え方にも通じるんですが、風の研究は一人の研究者が広い範囲をカバーする傾向があり、技術開発から実用化までのプロセスを同じ人が関わることも多いので、自分が研究してきたことが社会にどう還元されるかまで見られるところに魅力を感じて選んでいます。

奥川さんが用いた実験装置「小型圧力箱」と「圧力可変装置」。小型圧力箱は風洞実験室の職員の方が制作したもの。実際の建物は大きなガラスで構成されているため、より大型のガラスを用いた実験も試みられているという

近藤 私は形に残るものを扱いたいと思って理系分野の中から工学を選択し、建築ならばどこにでもあるから食いっぱぐれないんじゃないかくらいのふわっとした理由で選んだので、入学した頃は何を研究するかまでは想像できていなかったですね。学年が進むにつれてどちらかというと構造系や環境系の、実際に建てるときにその建物が頑丈なのか、快適なのかを検討するところをやってみたくなった感じです。環境系を選んだのは、下宿の環境がやや劣悪で、寒い、隣の音がめっちゃ響く、という日常の恨み(笑)からです。

根城 元々いろいろなことに興味があって、理系科目だけじゃなくて歴史も好きだし、昔から絵を描いたりレゴブロックで遊んだり、ものをつくることも好きだったからです。卒業設計で卒業できるらしいという話も聞いていて、高校生にとって論文はすごく敷居が高いものに思えて、つくることで卒業できるのはいいなと。なので最初から卒業設計をやりたいと思って入学しています。実際にやってみると、設計は環境や構造など、エンジニアリング的な部分も含め、いろいろな次元でものを考えてまとめていくところも面白く感じるようになりました。

樋田 僕は小学校6年生くらいでお城に興味を持ち、地元のお城を研究というのか、調べはじめたのが中学2年生くらいです。その後、論文のようなものを書いてみたのですが、納得いくものが書けなくて、大学で学ぶことにしました。教養課程などの3年間を過ごした後、ようやく本当にやりたかったことができた感じです。個人的には1回生の造形実習の課題で聚楽第と園城寺光浄院客殿を扱ったので、それを卒論でも扱えたというのは感慨深いです。

——それぞれ研究を実用につなげること、統合することに魅力を感じていたりと、関心が研究へとつながっていますね。学部の授業や課題がきっかけで興味が広がっているのもいいですね。最後に京大建築、あるいは建築という分野に興味をもたれている方にメッセージをお願いします。

樋田 京大には本がたくさんあるので、本好きな人には良い環境だと思います。文学部の図書館や、附属図書館の地下書庫が特に好きな場所です。本が好きな人は歴史の研究をすると面白いのではないかと思います。

樋田さんが参照した『鹿苑日録』文禄元年(1592)正月五日条(『鹿苑日録』第三巻〈太洋社、1935年〉、46頁)の記述。聚楽第新御殿における公家・寺家の新年の挨拶の様子が記されている。文中の「上壇」や「中壇」などの言葉から、人々が新御殿をどのように使用したのかを検討したという

根城 いろいろなことに興味が持てる人に、おすすめできる分野だと思います。たとえば文学や音楽とか、どんなものでも建築という器が必要になるものが多く、いろいろなものに紐づけて考えられる分野なので、何をしたいのかわからないけれど、何かをつくることが好きな方には向いていると思います。

近藤 わたしのようなふわっとした理由で選んでも楽しくやれているので、建物が少しでも好きならば大丈夫というのが、ノリで建築に進んでしまった人間からのメッセージです。

奥川 仕組みを知ることができる面白さというのが、建築学科に来て強く実感したことです。ふだん身の回りにあるものに対して、力の向きやモーメントを考えることって、そこまでないと思うんです。高校物理だと公式の上で学ぶので、そのモデル化がどう行われているのかまでを学ぶ機会はあまりない。でも建築学科では身近な現象を授業でどんどん学んでいける感覚があるので、身の回りに存在するものの仕組みが気になる人にとっては発見の多い分野なのではないかと思います。

座談会風景

建築分野そして京大で研究を深めることの、多様な魅力と可能性が伝わる座談会となりました。なお卒業研究などによる学生の受賞実績は京都大学建築学科の公式サイト内にまとめられていますので、ぜひあわせてご覧ください。→京都大学 建築学科および建築学専攻の学生の活動

登場人物

安田 渓 | 助教

1989年東京生まれ。高校まで東京と群馬県嬬恋村の2拠点生活を送り,大学入学を機に京都に移住。高校は山岳部・大学では富士山でガイドを行う。冬はスキー場にこもって滑る生活を送る。登り降りについては人一倍繊細である。2回生設計演習にて階段をいかに正確に設計するか考えているうちにVectorWorksに付属のプログラミング言語VectorScriptに手を出し,そこからProcessing, Grasshopperをかじりながら卒業までコンピューテーショナルデザインで設計課題を制作。それが高じて建築計画学にていかにコンピューテーションするかが自分の使命とし現在に至る。

この記事の研究室

西嶋研究室

風工学とリスクマネジメントの観点から風と共存する環境を構築する。

冨島・岩本研究室

歴史的建築・都市の継承・保存・再生をめざして。

小椋・伊庭研究室

人の暮らしと文化を守るため、建築に関わる熱湿気問題を解く。

小見山研究室

設計という行為・建築という思考がもつ可能性を引き出していく。