伝統的な住宅の省エネ改修、近代の寄宿舎の思想史、折り紙構造の力学解析、都市風景を編み直す設計——建築の分野には、研究の手法が数多くあります。2024年度の卒業研究に挑み、表彰を受けた学生はどんな問いを立て、どう壁を越えたのか。分野も手法も異なる4人が、それぞれの視点から卒業研究を語り合いました。
(収録:2025年6月10日、京大桂キャンパスC-2棟 ゼミ室にて(オンライン併用)。進行:安田助教、編集平塚)
話を聞いた人

仲井咲季[環境系]
小椋・伊庭研究室(生活空間環境制御学)M1。卒業論文「サステナブル・ツーリズムを目指した伝統住宅の宿泊施設へのZEB改修の検討」で前田敏男賞を受賞

上原雄大[計画系]
大﨑・張研究室(建築構造学)M1。卒業論文「五帝国大学にみる寄宿舎の史的研究」で森田慶一賞を受賞

松尾孝太郎[構造系]
東京大学大学院 M1。卒業論文「リング状折紙ユニットで構成される展開構造物の解析と形状設計」で日比忠彦賞を受賞

閑念真優[卒業設計]
平田研究室(建築設計学)M1。卒業設計「群像の瞬き」で武田五一賞を受賞
4者4様の卒業研究
——今日は4人の卒業研究の内容と、その裏にある思いや過程を伺います。まずはみなさんの研究内容を簡単に教えてください。
仲井 富山県砺波地方の伝統住宅をモデルに、外観を損なわずに宿泊施設としてZEB*基準を満たすような改修方法を考えました。内断熱や高効率設備、太陽光発電を組み合わせて、宿泊施設としての快適性と省エネ性能を両立できる可能性を評価しました。背景には、新築のZEB化は進みつつありますが、ストックに対してはあまり進んでいないので、改善手法を示す狙いがあります。
*ZEB:Net Zero Energy Building(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の略称。快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物を意味する。
——民間の宿泊施設では改修のイニシャルコストを抑えようとする傾向があり、断熱改修があまり積極的にはなされにくい傾向がありそうですが、断熱改修のモデルを示せればオーナー側のモチベーションを高めることにつながりそうですね。では、上原さんお願いします。
上原 五帝国大学*の寄宿舎、つまり寮の歴史を調べました。近代においては寮は単なる住まいではなく、教育思想が反映された建築なんですね。その歴史の流れを見ることで、計画のみならず教育思想の変遷も理解できると考えました。明治期は一室に複数名を収容する集団生活型の寄宿舎が標準で、これはフランス人技師が日本に持ち込んだ形式でした。大正期には小規模寄宿舎・一人一室制が普及しましたが、これは部分的にイギリスの寄宿舎が参照されています。昭和期には思想統制の観点から寄宿舎が重視され、戦後は福利施設の性格が重視されたために相部屋化が進行するなど、時代ごと大きく変わってきたことがわかりました。
*五帝国大学:論文では旧帝国大学のうち東京大学、京都大学、東北大学、九州大学、北海道大学を指している。
——寮の思想背景に注目したところ、特に個室にするのか相部屋にするのかという建築の計画と、思想背景を対応させている点が興味深いですね。つづいて松尾さんお願いします。
松尾 8枚の三角形パネルを組み合わせたリング状の折り紙ユニットを用い、トーラス状*構造の折り畳み経路と力学特性を解析しました。より簡単に平坦化できる新しいユニットを提案して、複数連結させたときの剛性や座屈特性も評価しました。
*トーラス状:真ん中に穴の開いたドーナツのような形を指す。数学、物理学、宇宙論など様々な分野で使われる。
——折紙の研究は実は世界中でなされていますが、応用可能性にはどのようなものがあるんですか?
松尾 折紙は新しいユニットを見つけるだけでも論文一本書けるほどに、研究価値はあるようです。また応用例としては、たとえば地球では畳んで宇宙に運んで広げてソーラーパネルを設置するなど変形を前提とした構造に可能性があると言われています。
——掘り下げがいがありそうなテーマですね。最後、閑念さんお願いします。
閑念 日々の生活でうもれがちな、ここにしかない「3秒」の瞬間に気づくことができる建築を大阪・中津の梅田貨物線跡に提案しました。再開発により、このままでは下町である中津の多様なふるまい・連鎖は画一的な「都市」にのみこまれると思い、そのカウンターとなりうるものを提案しました。ストラクチャー、吹き出し、歩道橋によって中津にある「3秒」を強調し、新しく連鎖を生み出すものとしてレールを設計しました。
研究テーマは、どう選ぶのか
——みなさん、どのようにしてこの研究テーマにたどり着いたのでしょうか。
仲井 私は進学先を決めるときから設計より環境に興味があって、環境改善に役立つ研究をしたくて小椋・伊庭研究室を選びました。ただテーマが決まったのは4回生の夏休みで、先生方が提案してくださった中から相談して決めました。新築ではなく古民家を対象にしたのは空き家活用を考えたからです。伝統的な住宅の空き家は全国で増えています。低コストで断熱改修できる方法を編み出せれば空き家対策にもつながると、富山県・砺波地方の伝統的な住宅をモデルに研究を進めました。
上原 私は現在、京大の吉田寮に住んでいますが、高校生の頃から何度か遊びに行き、それが京大進学のきっかけにもなったので、昔から寮には興味がありました。寮は建築だけではなく制度設計なども絡むので、分野でいえば住居計画学から社会学、文化人類学など多様な切り口で研究できると思っていましたが、歴史を扱う冨島・岩本研究室に進むことになり、史料を中心に調べました。結果としていろいろな観点を深めることができて、良かったです。大学院からは構造系に進む予定だったので、学部では計画系の研究をやりきろうと、吉田寮だけではなく五帝国大学の寄宿舎を対象に広げました。
松尾 建築の意匠と構造の両方に興味があったので、どちらもできる大﨑・張研究室に進みました。研究テーマは先輩や助教の先生がやっていた研究を引き継ぐ形で、実は曲面構造にも興味があったのですがそれは同期に譲り、折紙構造を選びました。
閑念 私は設計を頑張りたくて意匠系の研究室に進みましたが、いざ卒業設計のことを考えると建築を建てる意味が見い出せなくなったりと、何を建てたらいいのか悩みました。小さな要素が影響し合い、瞬間的に景色が変わるような因果関係に興味があったので、さまざまな周期や流れが交錯する場所を敷地に選び、形にすることを考えました。
研究の中での苦労と発見
——自分で決める場合もあれば、研究室のある意味”力関係”で決まる場合もあるようですね。与えられたテーマでも実際に進めてみたらハマるということもあるし、結局は自分で進めることになると思うのですが、進めていく中でどんな壁にぶつかりましたか?
仲井 解析に使うプログラムの作成です。既存のものを用いずに自作したのですが、私はプログラミングが苦手で、明らかに違和感のある値が出たときにどこが誤っているのかを探すのが難しくて、先生や同期、先輩に助けてもらいました。
——でも自作するなんてすごいですね。なぜ自作を?
仲井 自作すると、既存のプログラムのように過程がブラックボックスにならず、その温度がどういう計算プロセスで導かれているのかが明確になるのでいいんです。
上原 私は史料探しが一番の山でした。戦前の寄宿舎は図面なども断片的にしか残っていないことが多いんです。また学生編纂の冊子が残っているのですが膨大なので、経緯がわかるものを引き当てることができたのは運がよかったと思います。また教育思想にも関わる研究なので建築史研究室の先生方以外にも、ツテをたどり教育学分野の研究者の方からもアドバイスをもらうことで研究を発展させました。
松尾 大﨑研出身の先生の研究を引き継いでいるので、どこで自分の色を出すのかというところに苦労しました。折紙はこうしたらうまくいく、新しいものが生まれるという定石がないので、パソコンをいじるでもなく延々と折紙を折って、進んでいるのか進んでいないのかわからず苦しい時期がありました。
——こなさないといけない課題がハイレベルなのに、手元では折り紙を折っているという、辛い時間があったと。卒業設計との両立はいかがでしたか?
松尾 自分がやりたくてやったことなので、やるしかなかったんですが、同期に論文と並行して卒業設計に取り組んだメンバーが他に2人いたので、彼らと励まし合いながらがんばりました。
閑念 日常生活の中の「瞬き」を捉えるというテーマは建築の話を入れなくても成立することなので、どうやって建築に帰着させるかというところで悩みました。また人が生活している、電車が動いている、といったことはあらゆる場所で起きていることなので、特定の敷地を探し出すことも難しかったです。
——研究を通じて、どんな気づきがありましたか?
仲井 改修の技術面だけでなく、住まい方や地域の文化の継承が省エネに直結することです。例えば伝統住宅は襖の開閉や人の移動で熱の流れを調整できるんですが、そういう知恵を伝え、建物のみならず人の使い方もセットで提案することが、これからの既存住宅活用には大事だと思いました。
上原 現代の寮は単なるアパートのような場所が多いのですが、昔の寮は学生生活を形づくる教育空間でした。歴史に学ぶことで建築の形と理念を考えて多様な寮をつくることも可能なはずで、一つの先進的な事例がまた別の試みを誘発するなど面白い好循環が生まれるのではないかと感じました。
松尾 研究で得た知見を、タワー状の展開構造物という卒業設計につなげることができたのは良かったです。将来的に構造家になりたいと考えて現在は東大の佐藤淳先生の研究室に在籍しており、より構造デザインの知見を広げていければと考えています。
閑念 私は元々さまざまな要素が絡み合う相関関係や因果関係に関心があり、現在も決定的瞬間をどう映像的に切り取ることが可能かということに興味があります。また、いろいろな要素や関心を組み合わせることができるのは、建築の面白さだと感じます。
——4人とも、形だけじゃなく人の営みや思想を織り込んでいることが印象的でした。みなさんの卒業研究が、それぞれの次の一歩につながっていくのを楽しみにしています。
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※卒業研究などによる学生の受賞実績は京都大学建築学科の公式サイト内にまとめられていますので、ぜひあわせてご覧ください。→京都大学 建築学科および建築学専攻の学生の活動







