建築系の卒論はこう生まれる。受賞者に聞く、研究テーマの見つけ方と、その発展性。

専門分野に踏み込んでから論文にまとめ上げるまで1年弱——短期間でさまざまなハードルをクリアする、京大建築の卒業論文。2017年度、卒論を執筆し、計画系、構造系、環境系それぞれの分野で表彰された3人に、論文を完成させるまでのプロセスを聞きました。

卒業論文を書き上げるまでには、さまざまなハードルが存在します。既往研究をおさえる、仮説を立てる、調査や実験を重ねる、データを分析する、論旨を構築する……等々。それぞれの分野特有の、さまざまなスキルも必要です。自分の記憶(前世紀のことです)を振り返っても同級生たちは、プログラミング、ヒアリング、実測、はたまた古文書の解読など、固有のスキルをそれぞれ身につけていた気がします。そして恐ろしいのは、提出までの期間の短さ。4回生で研究室に配属され、研究分野に踏み込んでから1年未満で、多様なハードルをクリアし、論文にまとめなくてはならないのです。

今の京大建築のみなさんは、卒論をどのようにつくっているのでしょうか。2017年度、構造系、環境系、計画系それぞれの分野で卒業論文を執筆し、表彰された3名に、研究の内容と論文にまとめるまでのプロセスを教えてもらいました。

“IoT元年”を意識し、風の計測手法を研究 日比忠彦賞 岩崎弘高

—— まずは構造系で表彰された岩崎さん、論文のテーマを教えてください。

岩崎—— 「拘束運動下にある風速計で計測された風速のセンサフュージョンによる補正手法の確立」という論文をまとめました。

岩崎さんの1つの実験装置の概念図
岩崎さんの実験装置の1つ。超音波風向・風速計をつけた振動装置

—— 聞き慣れない単語ばかり……タイトルをお聞きしてもどんな論文なのか、お恥ずかしながらまったく想像がつきません。どのような研究なのでしょうか。

岩崎—— 端的にいうと、風の計測を簡単に行えるようにする研究です。私は丸山・西嶋研究室に所属し、台風など風のリスクから建物を守るための研究をしています。風への対策をするには、風の実態を知る必要があります。ところが建物に作用する風の観測は、高すぎず低すぎない、かつしっかりした足場の上に風速計を設置しなくてはならず、難しいのです。そこで簡単に設置できる、気球状の装置に取り付けた風速計で観測する方法に着目しました。

—— 建築そのものからは、少し離れた研究テーマですね。なぜそのテーマに取り組むことにしたのでしょうか。

岩崎—— ちょうど2017年がIoT元年と呼ばれ、センサなどを用いて取得したデータをさまざまな場面に活用しようという動きが進んでいます。このような時代背景を受けて、センサを用いた研究がしたいと指導教官に相談したところ、風の計測方法を研究するというアイデアをいただきました。

—— 卒業論文の話題でIoT元年という時事的なキーワードを聞くとは意外でした。技術的なトレンドを研究につなげることもできるんですね。

人体への興味から、スーパーマーケットの空調改善研究へ 前田敏男賞 浅野智司

—— 環境系の浅野さんは、どんな研究をされたのですか。

浅野—— 僕はスーパーマーケットの空調改善のための研究をしました。スーパーには開放型の冷凍冷蔵ケースがあり、そこから冷気漏れなどが起きることで室内の温度環境にムラができやすくなっています。その課題を解決するために、実際に協力者にスーパーマーケットを周回してもらい、いくつかの方法で体温などのデータを取り、その結果を解析し、モデル化を試みました。

スーパーマーケットで撮影された熱画像。ショーケースから冷気が漏れていることがわかる
人体のデータ測定の様子。浅野さん含めて5名の被験者が各自測定し、申告するという方法で取得している

—— 確かにスーパーマーケットが寒いと感じることは多いので、解決されたらうれしいですね。テーマはどのように決めたのですか?

浅野—— 元々人体に関心があったので、人体の温冷感に関わる研究分野を持っていた小椋研究室に所属しました。人体に関わる研究をしたいと希望を伝えつづけていたところ、スーパーマーケットの空調改善をテーマに人体の温冷感を研究してみないかと先生から提案いただき、即決しました。

—— なぜ人体に関心を持たれたのですか?

浅野—— 自分は運動部に所属していて、身体をうまく動かすために身体の仕組みを調べるということをずっとしてきたのですが、建築でも人体とつながりのある分野があることを知って、興味を持ったのです。

—— 運動が人体への関心につながっている、と。興味をお持ちのことが研究に結びつくというあたり、建築という分野の幅広さや懐の深さを感じます。

かつて和歌山県に存在した、組立工法の集落を研究 森田慶一賞 勝山滉紀

—— 最後、計画系の勝山さんはどのような研究をされたのでしょうか。

勝山—— 「災害史からみた新宮河原町に関する研究—組立工法によって水害を逃れた河川敷上の集落についてー」という論文をまとめました。和歌山県新宮市の熊野川河川敷にかつて、新宮河原町という組立工法の建物でできた集落があって、建物は洪水のたびに解体して陸に上げ、水が引いたらまた組み立てて戻すという使われ方がなされていました。その集落は新宮の木材流通業が衰退するとともに消え、現在は跡形もありません。そこで災害史と古地図、写真から街の変遷を辿りました。

熊野川河川敷にかつて存在した組立工法の建物「川原家」の集落を再現し2007年にできた商店街「川原家横丁」。かつての集落の様子をしのぶことができる。

—— 研究テーマはどのように決めたのですか?

勝山—— 近くに住む祖父が、かつて河川敷に組立工法の建物があったことを教えてくれたことがきっかけです。陸の孤島のような位置にある新宮が、和歌山県南部で最大規模の街に発展したということがそもそも不思議で、新宮河原町はその発展の象徴のような側面もあるのではないかと仮説を立て、街の成り立ちを調べることにしました。

—— きっかけがお祖父様からの情報提供とは、研究の種は身近なところから見つかるものですね。指導教官の方には、テーマの相談はされていないのですか?

勝山—— テーマそのものの決定には、先生は関わっていないです。

足で稼ぐ文献調査、テクノロジーを駆使する解析。共通するのは粘り強さ。

—— 勝山さんは文献を、どうやって探したのですか?

勝山—— CiNii(サイニィ)などのインターネット上のデータベースを活用した文献調査を勧めてもらったのですが、今ひとつ使いこなせず、自分の足で探しました。僕はバイクで走るのが好きなので、自宅のある大阪から、ちょうど木材が筏で下ってくるルートに近い山道で新宮方面に向かい、いくつかの図書館に寄りつつ往復するということを何度か繰り返していくと欲しい資料が集まってきました。

—— 調査はバイクで! 「文献調査」というインドアな響きに反するワイルドな方法が意外です。岩崎さんや浅野さんの場合、実験はどのように進めたのですか?

岩崎—— 実験には、防災研究所内にある「境界層風洞実験室」を利用しました。器具は自分で図面を描いて制作しました。風洞実験室にも技術室にも金属加工の道具があって、基本的には加工は技術スタッフの方にお願いしますが、穴をあけるくらいなら自分で行います。業者さんに発注をかけると高額になるので、できるだけ自前でやります。またデータ取得についても、専用のデータロガーや、データ取得用のプログラムを発注するとお金がかかるので、できるだけ自作します。センシング系の研究の場合、マイコンを使うことも多いです。

—— マイコンとは、なんですか?

岩崎—— マイクロコンピュータの略で、比較的小さく、決まった動作をしてくれる低価格のコンピュータです。私は一時期プログラムにはまったことがあるので、Arduino(アルデュイーノ)やmbed(エムベッド)といったマイコンを動かすプログラムは自作しました。

—— テクニカルな素養がないと、難しそうですね。

岩崎—— 3ヶ月くらいがんばればできます。思ったよりも簡単にセンサは動いてくれると感じました。

—— 実験は、1人でされるのですか?

岩崎—— 基本的には1人です。丸山・西嶋研究室は1人1テーマというポリシーで、自己完結できる研究をしています。ただし困ったら技術職員の方が、かなりサポートしてくれます。

—— プログラミングに慣れているなどベースがあるからスムーズにできたという理由もありそうです。浅野さんも、実験や解析は1人で進められたのですか?

浅野—— 実験はいろいろな方に協力いただきました。実験に使わせていただいたのは、共同研究者の企業と縁のあるスーパーマーケットでした。人体のデータは自分含めて5名の被験者が集まり、各自取って申告するやり方で集めました。室温のデータは協力企業の装置を使って取得しました。解析は、自分でプログラムを組んで進めました。

卒業論文は進路につながり、実際の製品に活用されることもある。

—— 最後、卒業研究で学んだことを、これからどうつなげていきたいか教えてください。

岩崎—— 私は防災研究所に所属しているのですが、防災はまだまだ発展の余地がある分野です。ネパールでは、地震で壊れたとしてもほとんどの民家が、昔と同じ工法で建てられてしまうそうです。20世紀は科学の世紀といわれていましたが、たとえ科学が発達しても、それが活用される仕組みやコミュニケーションが不在だと、安全にはつながりません。私は科学技術をただ進歩させるだけではなく、それがどう使われるかまで踏み込んだ、社会科学的な側面から防災にアプローチしたいと考えています。

勝山—— 卒業論文では新宮という地域をテーマとしましたが、その地域そのものにはこだわりはなく、地域振興、地域文化振興全般に関心があります。そのような仕事をつづけていくことを視野に、現在は公務員試験の勉強も進めています。

浅野—— まずは今の研究を深めていきたいです。この研究が、実際の製品に活用される可能性が出てきており、そのことは大きなモチベーションになっていますね。また実際の建築を見たときに、環境系の研究は構造系や計画系に比べると相対的に軽視される傾向があると個人的には感じています。だからこそ研究の余地があると、やりがいを感じています。

左から勝山滉紀さん(冨島研究室M1)、岩崎弘高さん(丸山・西嶋研究室M1)、浅野智司さん(小椋研究室M1)。全員が「最優秀卒業研究」を受賞。賞には京大建築でそれぞれの分野で業績を挙げた研究者の名前がついており、勝山さんは「森田慶一賞」を、岩崎さんは「日比忠彦賞」、浅野さんは「前田敏男賞」を受賞している。

登場人物

岩崎 弘高 | M1

1994年福岡県大野城市生まれ。私立東明館高等学校を卒業した後、2014年京都大学建築学科に入学。卒業研究で、最優秀卒業研究(日比忠彦賞)ならびに吉田卒業研究・論文賞を受賞する。2018年に京都大学大学院に進学。丸山・西嶋研究室に在籍し、環境センシングの研究に取り組んでいる。興味の対象が頻繁に変わることで有名。

浅野 智司 | M1

1995年富山県生まれ。滋賀県立膳所高校を卒業後、2014年京都大学建築学科入学。卒業研究が学内最優秀卒業研究(前田敏男賞)に選出。空気調和・衛生工学会振興賞学生賞を受賞。2018年に京都大学大学院に進学。小椋研究室に在籍し、健康で快適な建築環境の実現に向けた研究に取り組む。体育会陸上競技部の現役部員で、やり投の京都大学記録を持つ。ロングスリーパーで特技は寝落ち。

勝山 滉紀 | M1

1995年大阪府生まれ。大阪府立北野高等学校を卒業した後、2014年京都大学建築学科に入学。卒業研究では和歌山県新宮市の川原町を取り上げ、最優秀卒業研究(森田慶一賞)を受賞。2018年に同大学院に進学。冨島研究室に在籍。学部時代はライフル射撃の競技をしており、最近の趣味はカメラ。バイクで日本一周をするのが夢。

この記事の研究室

丸山・西嶋研究室

風工学とリスクマネジメントの観点から風と共存する環境を構築する。

小椋・伊庭研究室

人の暮らしと文化を守るため、建築に関わる熱湿気問題を解く。

冨島研究室

歴史的建築・都市の継承・保存・再生をめざして。