コロナ下の卒業設計を振り返る

学内審査会のルールが決まるまで

興梠 11月30日に計画系の先生全員と学生全員との意見交換会がオンラインであって、その前日に学生間で意見をまとめておこうという会議がありました。議事録を見てみると、学内審査会をどういう風にやりたいのか書いてあります。

北垣 感染状況が結構悪化していた時期で、通常通りに審査会を行えないのが確実だったんですよ。この時点でどういう形でやるべきなのか話し合わなければなければならないという危機感があった。

神吉 この議事録はアイデア集になっているんだ。どこで作業をするかとか話していたんだね。

興梠 作業場所がデザインラボ以外に確保できるなら積極的に使いたいとか、結局無理だったけど吉田キャンパスの製図室が使えるんじゃないかみたいな話もありましたし。あとはお手伝いの想定とか(卒業設計は後輩たちが模型製作などを手伝うのが通例です)。この学生会議でそれぞれ意見を整理して、翌日の先生と学生の会議になりました。

北垣 この先生との会議は結局あまりうまくいっていないんですよね。それは甘いみたいなことを言われた記憶がある。

神吉 たとえ密にならなくても不特定多数が使う場所で作業するのはよくない、というのはこの時になんとなくわかっていました。もし感染が見つかったときに追跡する必要のある範囲が広くなるじゃない?そのときまで 関係者の陽性者は0だったから、1人目が出ることを避けるのが重要でした。大学の4月から決められていたプロトコルが発動すると何が起こるのかいまひとつわからないままで。12月ぐらいになって、要は濃厚接触者の範囲を狭めるのがとても大事とわかってきたけど、この時期は先生同士も結構ブレスト状態っていう。

興梠 この先生との会議のとき、学生にはデザインラボの自分の席でパソコン開いて参加している人も多くて、ラボにはもう日常の作業場としての雰囲気がありました。そこで審査会どうしようっていうのが新たな大きな課題でした。

北垣 小見山先生と岩瀬諒子先生から卒業設計のアウトプットについてのほかの大学の例を集めてみようって言われて、他大学の友達に聞いたりして表にまとめていました。これは面白かった。

小見山 卒業設計の実施方法の検討そのものに学生が参画しているというのはよその大学の先生から驚かれることもありました。「模型の提出は無し」のようにルールを教員側で検討し、そのルールの中で学生が卒業設計を競うというのが一般的だったと思います。京大はそこの所から疑うというか、一緒にルールを作るということをかなり早くからやっていました。

北垣 大学ごとの対応も様々で、本当に誰も正解がわかってないよなって感じました。

神吉 11月頃大阪と神戸の先生の話を伺う機会がありました。大阪は感染真っただ中でしたが、ウィズコロナ体制としてできるだけ対面の実現を重視してやっているという話でした。卒業設計のやり方も未定でどこまでできるか直前に決定すると言っていて、いい意味で不確定なままにされている印象でした。

興梠 じゃあ「この大学のやり方を使わせてもらおう」みたいな感じではなかったんですね。
オンラインならではの表現方法が出てくるんじゃないかという話もありました。

神吉 それは実務をやっている先生であればあるほどおっしゃると思うんですよ、実務は素早く対応してそうなっていたから。

小見山 ちょうどこのぐらいの時期に『建築雑誌(日本建築学会の会報)』で新型コロナの特集があったんですよ(『建築雑誌』2021年1月号 特集「コロナ禍の建築・都市」)。僕と岩瀬先生がたまたま編集委員として座談会に参加していて、そこで設計教育における模型の議論がありました。岩瀬先生はどちらかというと模型はやっぱり必要なんじゃないかというようなことをその場ではおっしゃっていたんですけど、座談会でいろんな可能性の話を聞いて、直後の学生との会議ではデジタル表現とかもあるんじゃないの? って提案されていました。いろんな方に連絡をとって早速デジタルツールセミナーと題した勉強会を企画してくれて。

興梠 この会議の時も岩瀬先生は「私は模型がすごい好きなんだけど」と前置きして提案されていた気がしますね。デジタルツールセミナーは僕は初回を聞いていただけであんまり積極的に参加しなかったんですけど、これは詳しくは何をやっていたんですか?

小見山 日建設計デジタルデザインラボ(DDL)という、デジタルデザインの開発や推進に取り組む部署の方々がレクチャーしてくださいました。企画した僕らも参加した学生たちも、Rhino(3Dモデリングソフト・Rhinoceros 3D)とかGrasshopper(パラメーターを操作して柔軟なデザインができるライノの拡張機能)の使い方をレクチャーしてくれるのかなと思ったら全然違って、「デジタルツールはあくまで手段。それによってどんな価値を実現していくかの方が大切」という話を初回にしていただきました。デジタルと聞いて構えていた学生たちにもそこから一気に敷居が下がった気がしました。2回目以降は新鮮な目で外部の人に見てもらうゲストエスキスみたいな感じにだんだんなっていきました。

興梠 審査会のやり方は最初は先生から提示された覚えがあります。「3月に延期します、プレゼンボードはA1で12枚です、模型は1辺1800mmです」というように。

卒業設計審査会実施要領案(2020.12.28)

神吉 3月延期は計画系の先生たちで相談しましたよね。入試とか重要日程のあるややこしい時を避けたいじゃないですか。

小見山 その方が対面で出来る可能性が高まるっていう話でした。僕の記憶だと3月延期は、アイデアとしては学生たちの方から出てきたような。最初は「えっ」て心の中で驚いた記憶があって。そこまでして対面での開催に学生たちがこだわっているんだと思って。

神吉 普段3月にできないのはみんな旅行に行ったりする春休みだからという理由もあるんですよ。それが今年はないもんねみたいなことを言った記憶があります。

北垣 学生の間でも、3月開催はめっちゃいいという人もいれば、卒業設計の期間が長すぎるという人もいました。延ばしたからといって対面でできるかわからないし。それよりも「ボードはA1」というのを明確に提示されたことについてはかなり反発もありました。
12月30日に学生会議があって、僕はこれが去年で1番大事だったと思います。4回生それぞれが卒業設計はこういう風にしたいというのが本当に現れてきて。模型はこうしたいとか。

興梠 11月と違ってそろそろ表現を見据える時期でしたしね。僕はこのルールが出された時についに大学に決められてしまうのかと少し驚きました。これまでルール作りには学生も参画していたのに。過去の設計演習でも展示のルールは基本的に自由だったし、僕はやりたい展示もあったのでどうしようと。

小見山 早く設営できるとかお手伝いを少なくできるとかの配慮から模型の大きさを規定したはずです。今受信メールを確認したら、12月24日に田路先生から計画系の先生に来たメールで「日時は3月延期で展示物もA1で12枚」というのは書いてありました。

北垣 ガイドラインが出されたときは決して反発したわけではありません。安全でよい展示を行いたいという気持ちは一緒だったんですよね。30日の学生会議では、真っ向から反対だと呼びかけるのではなくて、田路先生が言っているのはこういう意図だからと説明して、そこで別の解決策もあるんじゃないかと提案したいと持っていった。

興梠 それはそれでレギュレーションだから競技と思えば納得できるみたいな人もいていろいろでした。

北垣 学生会議を経て審査会について数段階の方法を提示したんです。これはめちゃめちゃよかった。最悪の想定から理想まで用意していました。

小見山 1月5日に田路先生から来ていたメールには、「12月30日に学生たちが話したことを意見書として受け取った」とあります。そこに審査会の第1希望から第3希望まで書いてあったようです。今決めるとしたらもうオンライン開催しかないんだけど、対面開催の可能性をギリギリまで探るべく直前まで決定を保留しようという議論がこのころ学生と教員の会議で出ていた気がします。

興梠 決断を遅らせることでほかの方法の可能性を残すということですね。

卒業設計審査会実施要領案(2021.1.8)

北垣 多分感染者数も下がり始めたけど、いつ次の波が来てもおかしくない時期で。

興梠 緊急事態宣言が1月14日に出て、これが大体1ヶ月ぐらい。結局延長されて2月28日まででしたけど、3月には解除される見込みがあって決まったところもありそうです。

卒業設計審査会実施要領(2021.1.21)

北垣 3月に延期していなかったら緊急事態宣言中になっていたので、運がよかったです。

神吉 審査会ってある意味自主開催でカリキュラムの成績と関係ない。それで延期もできたんですよ。まあ、2月は忙しかったですよね。期末試験とか入試とかに手を取られていたから。

小見山 ちなみに2月27日から3月1日のDiploma×KYOTO(関西の学生による合同卒業設計展)は見に行ったけどこれは緊急事態宣言中でしたね。

興梠 僕は出展したんですけど、Diploma×KYOTOはなんで対面でできたかっていうと、この緊急事態宣言にはイベント会場を閉める要請はなかったからなんです。

小見山 会場に審査員集まって審査していましたよね。審査員だった平田晃久先生が、教員の会議で「Diploma×KYOTOは対面でやるって聞いているけど」とおっしゃっていて、そちらはそれでいくんだと思った記憶があります。

興梠 Diploma×KYOTOは運営も出展も学生がやる催しで、もちろんオンライン開催も想定していたんですけど、会場が使えるなら感染対策しっかりして対面でやればいいやんと。結局キャンセル料も出てきますし。会場のみやこめっせで展示とプレゼンをして、オンラインでも配信する方式でした。

小見山 審査会の実施要領案は1月の段階でできていて、そこでは状況に応じてやり方を変えられるよう「基本」「緩和1」「緩和2」と3パターンの設定を用意しましたが、実際に緩和度合をどのくらいでいくか決まったのは3月に入って本当に直前だったかもしれないです。一日単位で状況が変わっていたので。

興梠 最終的には、予備審査には学生は立ち会えないけどプレゼンは自分の展示の前でできるという緩和1と2の間くらいの感じでできました。前日に展示が終わってから配信のテストをやったりしましたね。

神吉 他学年の設計演習の講評会ですでに中継はやっていたんですよ。

小見山 どんな機材があればいいかはある程度わかっていました。前日テストではエレベーターに乗るとWi-Fiが切れたりして。

興梠 ほかの設計演習のTAでノウハウがある先輩方がカメラマンをしてくれてありがたかったです。プレゼンの後の先生たちの投票は大会議室ではなくてオンラインだったんですよね?

小見山 基本的に先生方は自分の部屋で、非常勤の先生方は講義室に集まってオンラインで審査しました。

神吉 予備審査を含めると一日いてもらうので、平田先生が直前にみんなのお弁当を手配してくれたりしましたね。
卒計期間が長引いたんで、毎日皆さんがめちゃくちゃ作業進めたらすごい模型だらけになるんちゃうかとか思っていたんだけど、やっぱり最後の方に作業は集中するものでしたね。ずっとトップスピードが出せるわけではなく。

興梠 同時に呼べるお手伝いが1人というルールがあったので、人月的には変わっていないかもしれません。でも、模型もプレゼンボードも自分の目が届いてよかったと僕は思います。

北垣 例年だと3回生が主導して模型を作る慣習があるんですけど、そこを4回生がやったのでクオリティ以上に経験としては面白かったです。

興梠 設営にも後輩を呼べないから、同じ階に展示する同期でお互い手伝うっていうほかの年にはない経験をしました。あれはとても印象深いです。
展示の話で言うと、壁貼りも原則禁止でしたけど僕は申請して壁にパネルを貼った覚えがあります。小さいパネルを並べて貼るとすごく時間がかかるということだったんですけど、枚数を少なくすればそんなことはないし、自立する展示をラボで作って運んで現場で微調整するよりむしろいいんじゃないかと思って。

小見山 僕は展示計画をチェックする係だったんです。計画書にコメントして返すやり取りを興梠君とは何回かしました。

興梠 僕は一回Diploma×KYOTOで展示したから、それを再利用したかったんですよね。

小見山 早く設営できるということが説明できれば、展示ルールは崩れてもいいよということにしました。

神吉 性能規定(建築物の防火性能などについて要求性能を示した規定。具体的に寸法などを示した「仕様規定」よりも多様な設計が可能になる)だったんですね、これ。

小見山 そう、そのはずなんですよ。だけどルールにある「パネルは壁に立て掛けるか自立させる」という文言を見て、壁の前にもう一枚自立する壁を建設してそこにパネルを貼るようなことを考える学生もいて、それはかえって設営に時間がかかってしまうから本末転倒ですという話をしました。
その後学生たちには「一人当たりの設置時間は1時間以内を厳守すること。その上で工夫を認める。展示要領と異なる展示をする場合は事前に計画書を提出し確認をとること」というように補足しました。

神吉 1時間以内で展示設営しなさいという性能規定ですね。

2021年3月12日 学内審査会

実施要領のポイント

  • 審査会は3月12日に延期する。
  • 展示設営は審査会前日に1時間以内に行う。
  • 【予備審査】審査員が各自展示を見てコメントシートに記入。学生は立ち合わない。
  • 【講評会】コメントシートを踏まえて学生が展示の前でプレゼンし、オンラインで配信・質疑。
  • 「お手伝い」は3人まで登録でき、同時にデザインラボに呼べるのは1人。ただし展示設営や講評会は手伝えない。
展示の前でパソコンに向かってプレゼンをする筆者
武田五一賞を受賞した北垣の展示

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