昔の京大建築しか知らない人間から見た、桂キャンパスのすごさとは?
2018年初頭、本サイトの制作に関わりはじめたものの、2000年代初頭に大学から離れた私には、現代の京大建築の状況がわからないという課題がありました。果たして何を発信すべきなのだろうか……と、思案していたところ、教員の方々から「2月の説明会を見学して、記事にまとめては?」と2018年2月9日に開催される「桂キャンパス見学会」と「特別研究演習(研究室配属)説明会」のレポートを勧められました。
「桂キャンパス見学会」「特別研究演習(研究室配属)説明会」とは、3回生向けに桂キャンパスの概要や各研究室の活動を伝える機会です。京大建築の学生さんは4回生から研究室に配属されます。研究室の多くは「桂キャンパス」を拠点としています。入学以来、京大の本部がある「吉田キャンパス」を拠点に過ごしてきた3回生は桂キャンパスのことをあまり知らないので、こうした機会は貴重なようです。
ちなみに京大建築の研究機能の中心は、2004年9月に吉田キャンパスから桂キャンパスに移転しました。私はそのころ既に大学から離れていたので、桂キャンパスの施設が立派である……ということは知っていても、中にどんな施設があるのかは、ほとんどわかっておりません。このレポートでは、前世紀の古びた施設の記憶しかない人間の素朴な驚きとともに、桂キャンパスの施設やそこで行われている研究の様子を紹介できればと思います。
桂キャンパスで、最先端のラボを一気にめぐる
2018年2月9日(金)14時。3回生約80名が集合し、まず「桂キャンパス見学会」がはじまりました。3班に分かれ、5〜10分刻みで6つのラボをめぐるというものです。
まず訪れたのは、照明、色彩環境について研究している光環境実験室。石田研究室が利用しています。機械がおさまる箱型の装置が室内にいくつも並んでいるのですが、これらは所属されている方々が各自のテーマに基づいて自作したものだそうです。
つづいて人間にとって快適な熱環境を研究している「熱環境実験室」。小椋研究室が利用しています。右手にある巨大な冷蔵庫のようなものは、一定の温度、湿度にコントロールできる部屋「恒温恒湿室」。壁、天井にめぐらされたパイプの数々から、高度な研究基盤が整っていることが伝わってきます。
そして地下にある「構造実験室」にやって来ました。構造系の研究室が共同利用しており、鉄筋コンクリート造、鉄骨造、木造など多様な構造に対応しています。天井が高く、実験室というよりも工場を思わせる規模感です。大空間に、さまざまな実験装置が並んでいます。装置によっては800tという巨大な力を加えることも可能だそう。私が学生だった頃の実験室も同じく地下にありましたが、天井が低く薄暗い空間だったので、この変わりようには驚きました。
4つ目の行き先は高野・大谷研究室が利用する「音実験室」です。3つある実験室のうち最も奥にある「無響室」に案内してもらいました。吸音材が張り巡らされ、音の反射がほとんど生じないスペースで、音響機器の測定などができる部屋です。学生時代、環境工学の授業のスライドでしか見たことのなかったあの空間が、今や建築学専攻にあるとは驚きです。
耐火建築の研究を行う「熱環境制御実験室」。原田研究室が使っています。ここではダブルスキンの建物の煙の流れを調べる装置や、燃えさしから燃焼プロセスを調べる方法など、具体的な研究手法を紹介してもらいました。
最後の見学先は「デザインラボ」。4回生が使う、いわゆる「製図室」です。天井の高い、ガラス張りの大空間です。この日は卒業設計の最終提出期限の直前。人口密度がかなり高く、熱気と緊張感がありました。ここも昔に比べると、ずいぶん様変わりしていました。かつては誰のものともわからないソファやテレビ、ゲーム機が持ち込まれた、よくも悪くも自由でゆるい空間でしたので、この制作が捗りそうな一方でサボることが許されない雰囲気には、時代の流れを痛感せざるを得ません。とはいえ24時間使用可というのは今も昔も変わらない伝統です。パソコンや棚や台など作業に必要な設備は自由に持ち込まれており、限られた場所を共有しながらも、制作環境を自律的に整えているようです。
以上、約1時間の濃密な見学で、設計、構造、環境にまつわる基本的な設備を概観しました。私は施設や設備の充実ぶりにただただ驚くばかりでしたが、現役の学生さんにとっては、それぞれの分野でどんな研究生活を送ることになるのかが想像できるので、研究分野を選ぶための現実的な参考になりそうです。
立場逆転!? 先生が学生に向かって研究の魅力をプレゼンテーション
つづいて広い講義室に集まっての「特別研究演習(研究室配属)説明会」が行われます。これは28研究室、35人の教員の方々が学生さんに向かって研究室の特徴をプレゼンする時間です。通常の講義での「学生のプレゼンテーションを教員が評価する」という図式からは逆転した構図となるのが新鮮です。合計約2時間、持ち時間は1研究室あたり1人で紹介する場合は5分、2人で紹介する場合は8分。かなり限られた時間で説明しなくてはなりません。
紹介のポイントは、研究室によって異なります。たとえば西山・谷研究室の場合、実験の内容のみならず担当者も紹介していました。試験体のサイズ感と、チームで進める実験プロセスがイメージでき、わかりやすいですね。
構造系の研究には実験がつきものというイメージが私にはありましたが、大﨑研究室のように、必ずしも実験をせず個人ベースで研究を進めるところもあるようです。求める人材は「コンピューターが嫌いではない」「力学・数学が嫌いではない」「研究テーマを自分で決めたい」などと明確。ミスマッチを防ぐ効果がありそうです。
都市計画、農村計画を扱い国内外のさまざまなエリアをフィールドとする神吉研究室や、海外だけでもベトナム、フィジー、バヌアツでプロジェクトを進めているという小林研究室など、都市計画系の研究室のプレゼンからは、扱うエリアの多彩さやフィールドワークを中心とした研究生活が伝わってきます。
4回生のゼミに英語プログラムが取り入れられている池田・倉田研究室や、さまざまな国の研究者を受け入れるなどグローバルなことも特徴だという丸山・西嶋研究室のように国際性をうたう研究室の存在は、留学生の人数も国際交流の機会も少なかった昔を思うと、新鮮に感じられる傾向です。
また当日どうしても来られなかった先生も、あらかじめ撮影したビデオで参加。漏れなくすべての研究室の活動がわかるようになっていました。
ところで私は4回生の頃、力学や数学が苦手にもかかわらず構造系の研究室に入り、1ヶ月で研究をリタイアしたことがあります。その間、構造系の作法を多少なりとも学ぶことができ、知見や人間関係が広がったので、個人的には貴重な経験となりましたが、当時の先生には迷惑をかけたはずです……。これはほとんど言い訳にしかなりませんが、私のかつてのリタイアは、研究室の活動を具体的に知る機会がなかったことが招いた悲劇とも言えるのかもしれません。現在はこのような網羅的な説明会があるので、みなさん過去の私のような”落ちこぼれ学生”にならずに済むのではないでしょうか。
学生と研究室の距離が縮まる懇親会
説明会の後は、懇親会です。歴代の建築学科長の肖像画に囲まれた大会議室に、ドリンクと軽食のケータリングが運ばれてきました。
乾杯から10分も経つと教員と学生数名というグループが徐々にできはじめ、最初は緊張していた学生さんも先生方に向かって、実験やゼミの進め方、得意なことや興味が研究につながるか、運動部との両立はできるか、留学は可能か、などと率直な質問を投げかけていました。
参加していた学生さんにお話を聞いてみたところ「第2志望の研究室までは決めているが、第3志望は迷っているので、参考にできる」「構造系の研究室は“構造系”でひとまとめに理解していて、それぞれの違いを知らなかったので、個性を知ることができてよかった」といった声が聞けました。
また教員の方々も「優秀な学生に来てもらいたいので、手を抜けない」「他の研究室の活動を知る機会になるので貴重」とおっしゃっており、この場を大事にしていることがわかります。
懇親会では和気あいあいとした様子ですが、3回生にとってはここからが正念場。研究室ごと1〜5名の受入人数が決められており、4月2日から6日にかけて、成績、面接、ポートフォリオなどから審査される選考をクリアしないと、希望する研究室に所属できないからです。
桂キャンパス見学会/特別研究演習説明会は、学生さんにとっては自身の将来を真剣に考える場、そして教員の方々にとっては研究室の人材確保に務めつつ、交流を深める場として、貴重な機会となっているようです。